千田健太
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宮城県気仙沼高等学校、中央大学卒業。
小学校まではサッカーをやっていたが、中学に入ってから父にフェンシング選手になることを願い出た。その父による特訓によって右利きから左利きに変えた。高校では、父が監督、自らが主将[1] であった。
中央大学に進学してから、国際試合での実績を積み重ねた。大学3年時の2006年、フェンシングワールドカップシリーズ東京大会で3位入賞[1] を果たし、その年のアジア競技大会にも出場。
大学卒業後は地元宮城県に帰郷し、クラブチーム(宮城クラブ)に所属しながらワールドカップシリーズを転戦し、2008年北京オリンピック日本代表に選出された。
北京オリンピック後、2009年4月にパチンコチェーンのNEXUSが新たに創設したフェンシングチームに所属することとなった[3][4]。
2012年のロンドンオリンピックフェンシング男子フルーレ団体で銀メダルを獲得。 帰国後、気仙沼市市民栄誉賞を受賞した(2012年8月)。
2016年10月の岩手国体で現役引退。[5]
2017年3月筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント専攻修士課程修了。[6]
2024年より慶應義塾大学専任講師に就任。
2024年9月のパリパラリンピックでは車いすフェンシングの日本代表監督を務めた。[7]
2025年3月慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科システムデザイン・マネジメント専攻博士課程を修了。[8]
2025年11月、慶應義塾大学フェンシング部部長に就任した。[9]
出場国際大会
- フェンシングワールドカップシリーズ東京大会:3位入賞(2006年)
- 2006年アジア競技大会(ドーハ/
カタール) - ロンドンオリンピック:フルーレ団体銀メダル
