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気仙沼市

宮城県の市 From Wikipedia, the free encyclopedia

気仙沼市(けせんぬまし)は、宮城県の北東端に位置する市である。太平洋沿岸にあり、三陸海岸の一部をなす港町である。

国 日本の旗 日本
都道府県 宮城県
概要 けせんぬまし 気仙沼市, 国 ...
けせんぬまし ウィキデータを編集
気仙沼市
気仙沼市旗 気仙沼市章
気仙沼市旗 気仙沼市章
2006年3月31日制定
国 日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
市町村コード 04205-6
法人番号 8000020042056 ウィキデータを編集
面積 332.25km2
総人口 53,809人 [編集]
(推計人口、2026年8月1日)
人口密度 162人/km2
隣接自治体 登米市、本吉郡南三陸町
岩手県:陸前高田市、一関市
市の木 クロマツ
市の花 ヤマツツジ
市の鳥
市の魚
ウミネコ
カツオ
気仙沼市役所
市長 菅原茂
所在地 〒988-8501
宮城県気仙沼市八日町一丁目1番1号
北緯38度54分29秒 東経141度34分12秒
市庁舎位置
外部リンク 公式ウェブサイト

気仙沼市位置図

■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町・村

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震災前の気仙沼市中心部周辺の空中写真。
1977年撮影の14枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。

概要

気仙沼漁港(東日本大震災以前)
気仙沼港(2013年6月1日)

気仙沼市は2006年(平成18年)3月31日に旧 気仙沼市と本吉郡唐桑町が合併して新しく発足した市であり、宮城県北東端に位置する都市である。2006年(平成18年)の誕生から2009年(平成21年)9月1日の本吉郡本吉町の吸収合併を経て、現在の市域となった。リアス式海岸が特徴的な三陸海岸の南部(南三陸)に位置し、世界三大漁場の一つである金華山沖の豊富な水産資源を背景とした漁業を基幹産業とする。特定第三種漁港の気仙沼漁港をはじめとした市内の各漁港は、三陸海岸での沿岸漁業・養殖漁業、世界三大漁場である三陸沖での沖合漁業、さらに世界の海を対象にした遠洋漁業の基地として機能し、関連する造船から水産加工までの幅広い水産業が立地する。また、三陸海岸南部の交通や商業の拠点となっており、リアス式海岸を利用した観光業も発展している。

このような背景から、気仙沼・本吉圏の中心市としての買物客の集客や各地から訪れる観光客に加え、漁業・水産業関係者の往来も多い。カツオを追って北上してくる千葉県・高知県・宮崎県などの漁船、サンマを追って南下してくる北海道などの漁船に乗った日本各地の漁民が行き交い、遠洋漁業の外国人乗組員や水産加工に従事する外国人研修者が働き、特産のふかひれを買い求める中国人バイヤーなどが訪れ、常住人口に比して交流人口が多様な県内有数の交流拠点の一つである。名物(ご当地グルメ)の一つである気仙沼ホルモンは、このような人々の広域な交流と産業背景から生み出されたものである。

2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、地震そのものの被害に加え、津波や火災(津波火災)、地盤沈下によって大きな被害を受けた。

地名の由来

  • ケセ・モイ説

語源をアイヌ語の「ケセ・モイ」に求める説[1]。菊池勝之助によれば、最も有力な説とされている[1]。ケセ kese が末端や終点、モイ moi が入り江や湾で「ケセモイ」という地名を想定し「終端の湾」[注釈 1]を意味するという説[2][3]。アイヌ勢力(街道蝦夷)の力が及ぶ最果ての地という意味から地名が生じたと考えられている[2][1]。朝廷勢力が当地に及ぶようになり「ケセモイ」には計仙麻(ケセマ)という万葉仮名が当てられ、後に気仙沼となったとされる[1]。延喜元年(901年)成立の『日本三代実録』に「計仙麻」という地名の記述がある。

地理

宮城県の北東端に位置し、東は太平洋に面する。東部の唐桑地区から気仙沼地区にかけては、三陸の他地域と同様にリアス式海岸が特徴的である。同じリアス式海岸でも当地方では岩手県沿岸と比較して標高が低く、なだらかな丘陵が多い。唐桑半島と岩井崎の間では、深く入り組んだ海岸線が波の穏やかな気仙沼湾を形成し、湾内には大島が浮かぶ。本吉地区に入ると穏やかな海岸線が見られるようになる。

宮城県の地域区分では広域気仙沼・本吉圏に含まれているほか、広域気仙沼・本吉圏と広域石巻圏が合わさった三陸エリアに含まれている場合も存在する[4][5]。気象庁の発表する緊急地震速報で用いられる区域では登米市や大崎市とともに宮城県北部に区分される[6]。

自然

山岳
河川
  • 大川、神山川、鹿折川、面瀬川、八瀬川、松川、金成沢川、二十一川、津谷川、馬籠川、沖の田川

隣接する市町村

気候

ケッペンの気候区分では、気仙沼市は温暖湿潤気候 (Cfa) に属する。

年平均気温は11.2 ℃である。平年値では猛暑日が0.4日、真夏日が13.5日、夏日が59.3日、真冬日が4.2日、冬日が104.9日となっている[7]。

冬季は-10 ℃を下回る気温が観測されることがあり、2021年1月3日に-10.4 ℃、2021年1月9日に-11.2 ℃を記録している[8]。

年平均降水量は1,375.8 mm、年平均日照時間は1,985.1時間である。

さらに見る 極値, 観測値 ...
極値[9] 観測値 観測年月日
最高気温 36.7 ℃ 2015年7月14日
最低気温 -12.6 ℃ 1980年2月17日
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さらに見る 気仙沼(気仙沼市古町、標高62m)の気候, 月 ...
気仙沼(気仙沼市古町、標高62m)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F) 15.7
(60.3)
19.2
(66.6)
23.5
(74.3)
30.8
(87.4)
34.0
(93.2)
34.1
(93.4)
36.7
(98.1)
36.6
(97.9)
36.3
(97.3)
29.2
(84.6)
24.3
(75.7)
20.5
(68.9)
36.7
(98.1)
平均最高気温 °C (°F) 4.4
(39.9)
5.2
(41.4)
8.9
(48)
14.4
(57.9)
19.0
(66.2)
22.0
(71.6)
25.4
(77.7)
27.2
(81)
24.1
(75.4)
18.9
(66)
13.1
(55.6)
6.9
(44.4)
15.8
(60.4)
日平均気温 °C (°F) 0.3
(32.5)
0.7
(33.3)
3.9
(39)
8.9
(48)
13.8
(56.8)
17.6
(63.7)
21.3
(70.3)
22.9
(73.2)
19.7
(67.5)
14.0
(57.2)
8.0
(46.4)
2.7
(36.9)
11.2
(52.2)
平均最低気温 °C (°F) −3.2
(26.2)
−3.1
(26.4)
−0.6
(30.9)
3.9
(39)
9.2
(48.6)
13.9
(57)
18.3
(64.9)
19.7
(67.5)
16.1
(61)
9.7
(49.5)
3.4
(38.1)
−0.9
(30.4)
7.2
(45)
最低気温記録 °C (°F) −12.5
(9.5)
−12.6
(9.3)
−9.8
(14.4)
−4.1
(24.6)
0.0
(32)
4.1
(39.4)
9.9
(49.8)
11.7
(53.1)
5.7
(42.3)
−0.3
(31.5)
−4.0
(24.8)
−10.1
(13.8)
−12.6
(9.3)
降水量 mm (inch) 44.2
(1.74)
38.7
(1.524)
94.5
(3.72)
106.6
(4.197)
128.2
(5.047)
153.7
(6.051)
193.7
(7.626)
149.7
(5.894)
184.3
(7.256)
148.7
(5.854)
74.3
(2.925)
51.6
(2.031)
1,375.8
(53.865)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 6.4 6.1 8.6 8.7 10.3 10.6 13.6 11.8 11.8 9.6 7.5 7.3 112.7
平均月間日照時間 168.5 162.5 187.1 199.3 197.4 159.5 145.1 162.1 138.6 155.7 158.9 152.5 1,985.1
出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1976年 - 現在)[10][11]
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歴史

古代

天平宝字元年(757年)4月、海道蝦夷征討を目的として桃生城が牡鹿郡に建築された[12]。桃生城を拠点に蝦夷経営を開始した朝廷勢力は桃生城襲撃事件や宝亀の乱といった蝦夷の反乱に遭いつつもこれを撃退し、当地方で殖民を開始した[12]。宝亀年間までに牡鹿郡の北半分を割いて桃生郡が成立し、気仙沼地方も古代桃生郡に属した[13]。現に延喜式神名帳には桃生郡六座の一つとして計仙麻大嶋神社が挙げられている[14]。1988年(昭和63年)発行の気仙沼市史によれば、気仙沼地方は桃生郡磐城郷[注釈 2]に属していたとされる[15]。なお、気仙郡気仙郷や大島郷が気仙沼市域にあたるという説や気仙沼七村(気仙沼・赤岩・新城・築館・鹿折・唐桑・小原木)は永禄年間まで気仙郡に属していたという説は「民間の臆説」として様々な文献で否定されている[17][18]。いずれにせよ、本吉郡は平安時代末期に桃生郡から分離し独立したとされる[19]。

中世

源頼朝によって平泉を拠点に栄華を誇った奥州藤原氏が滅亡すると、奥州藤原氏の領土は頼朝方の武将らに配分された[20]。本吉郡は熊谷直家の所領となったが、直家は安芸国豊田郡に所領を有しており、そこに移っていたため貞応2年(1223年)に直家の次男である直宗が気仙沼に下向し、初めて現地経営にあたった[21][22]。ただし、熊谷氏が本吉郡全域を掌握していたというわけではなく、しだいに馬籠氏や清水氏などといった奥州千葉氏や葛西氏系の諸将が進出し勢力を拡大していった[23]。そんな情勢のなか、南北朝時代に突入すると建武3年(1336年)、牡鹿郡石巻を本拠地としていた葛西高清が本吉郡馬籠城城主である馬籠周防守行胤を攻撃した[24]。

これには義良親王を奉じて陸奥国に下向していた北畠顕家が奥州の武将らに多賀城への参陣を要求していたのにも関わらず馬籠氏がこれを無視したことから、北条氏残党とみなされ攻撃されたのではないかとの見解が存在する[25]。実際、中尊寺東谷坊蔵の文章から、顕家が葛西陸奥守に対して「勲功之賞」として「元良郡」と「気仙郡」の支配を認める旨の史料が発見されている[25]。

熊谷氏の協力もあり、一度は葛西方の撃退に成功した馬籠氏だったが、結局、馬籠城といった城が攻め落とされ、大幅に領土が減らされた[26]。葛西高清は勢いそのままに気仙郡の金氏や磐井郡東山の薄衣氏などを屈服させ、熊谷氏領の周囲をほぼ包囲するに至った[27]。正平18年(1363年)6月、熊谷氏は葛西氏に降伏し、気仙沼は葛西氏の勢力圏に入った[27]。

中世末期の16世紀後半ごろになると、葛西氏は半ば独立した家臣らの統制をとることが難しくなっていた[28]。永禄3年(1560年)3月には気仙郡の新興勢力であった浜田広継が気仙沼に侵攻し、赤岩城城主熊谷直秋および志津川から応援に来た本吉重隆が応戦した[28][29]。数日間接戦のすえ、広継が降伏し、戦いは幕を閉じた[28]。ただし、その後も葛西氏領内では反乱が相次いで起こり、天正2年(1574年)に本吉重継の乱、天正3年(1575年)に富沢日向守直綱の乱が発生した[30]。極めつけは天正16年春に浜田安房守広綱が広田湾の諸将を集めて鹿折・気仙沼に侵攻した「浜田氏の乱」である[31]。最終的に浜田広綱は熊谷直長によって撃退され、葛西晴信はこれを賞して直長に気仙沼七村の支配権を与えた[32]。

戦国時代末期になり、天下統一目前となっていた豊臣秀吉は小田原攻めに際して、伊達政宗や葛西晴信といった奥羽の戦国大名らに小田原参陣を要求した[33]。しかし、葛西晴信は浜田氏や富沢氏、大和田氏の反乱を警戒して参陣する機会を失い、小田原に参陣しなかったとして改易を宣告された[33]。葛西方は桃生郡和渕に布陣し、秀吉の仕置軍を迎え撃ったが、敗走し降伏した[34]。気仙沼地方含む旧葛西領・旧大崎領は木村吉清の支配下に置かれた[35]。しかし、新領主となった吉清に葛西・大崎家家臣と領民は反発し、葛西・大崎一揆を引き起こした[36][37]。この一揆は最終的に伊達政宗の協力を得て鎮圧され、以降、当地方は伊達政宗の支配下となり江戸時代を迎えた[38][39]。

近世

江戸時代、仙台藩の支配下に置かれた気仙沼はまず鴇田治右衛門の支配下となった[40]。鴇田氏は藩の新田開発奨励に呼応して大川流域の干拓と耕地造成に取り組んだ[41]。また、三日町・八日町の埋め立て工事も正保・慶安年間の実施され、次第に古くからの市街地である古町から三日町・八日町へと市街地が形成されていった[42][41]。しかし、寛文2年(1662年)には鴇田淡路重康が知行替えとなり、以降、気仙沼は蔵入地となった[43][44]。

慶長16年(1611年)にはセバスティアン・ビスカイノが当地を測量し、仙台藩領内最良の港湾とたたえた[45]。ビスカイノは気仙沼(Quexonoma)の内港を「サン・セバスチャン(San Sebastian)」、唐桑の外港を「サン・フランシスコ(San Francisco)」と命名した[46]。

近代・現代

昭和初期ごろの気仙沼

明治維新を迎えると、気仙沼擁する本吉郡は仙台藩から高崎藩の取締地となった[47]。その後は桃生県、石巻県、登米県、一関県、水沢県、磐井県を経て最終的に宮城県所属となった[48][49]

1889年(明治22年)4月1日、気仙沼本郷が町村制を施行し気仙沼町が成立した[47][50]。

昭和時代になると大船渡線気仙沼駅の開業(1929年)や上下水道、市区の改正などといった近代化が逐次なされていき、徐々に市制施行要望の声が上がっていった[51]。戦後まもなくに市制施行の動きは本格化し、市制施行の最重要要件であった人口3万人を目指して町当局は運動を開始した[51]。具体的には近隣の鹿折町・大島村との合併に向けて運動を開始した[51]。気仙沼町・鹿折町は文化を共有しており、経済活動も不離の関係にあったことから、協議は順調に進んだが、大島村との協議は合併に消極的な村内世論のために停滞し、最終的に大島村は一旦合併の枠組みから離脱した[51][52]。気仙沼町の市制を実現するために、気仙沼町・唐桑町の2町は周辺の松岩村・新月村・階上村・大谷村に合併を呼びかけた[52]。松岩村・新月村・階上村がこれに同調したものの、新月・階上両村は村内の体制準備ができていないということで二次合併に参加することとなり、ひとまず1953年(昭和28年)6月1日に気仙沼町・鹿折町・松岩村が合併するに至った[3][53]。3町村は市制施行し、気仙沼市が発足した[3]。第二次合併では、県の合併奨励の後押しもあって新月・階上・大島の三村が合併の対象となり、いずれも1955年(昭和30年)4月1日に気仙沼市に編入された。

行政区画の変遷

概要 けせんぬまし 気仙沼市, 廃止日 ...
けせんぬまし
気仙沼市
気仙沼市旗 気仙沼市章
気仙沼市旗 気仙沼市章
1953年7月13日制定
廃止日 2006年(平成18年)3月31日
廃止理由 新設合併
気仙沼市(旧)、唐桑町→気仙沼市
現在の自治体 気仙沼市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 宮城県
市町村コード 04025-6
面積 184.36km2
総人口 58,320人
(国勢調査、2005年)
隣接自治体 本吉郡本吉町、唐桑町、
岩手県一関市、陸前高田市
気仙沼市役所
所在地 〒988-8501
宮城県気仙沼市八日町一丁目1番1号
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主な出来事

  • 1915年(大正4年)3月30日 - 大火。約1,100戸が焼失[55]。
  • 1929年(昭和4年)2月23日~24日 - 23日午後11時50分ごろ八日町横丁山下から出火[56]。気仙沼警察署、本吉公立病院、水産試験場などを含め1,000余戸が焼失する大火となった[57]。[注釈 3]
  • 1953年(昭和28年)7月13日 - 初代の市章を制定[58]。
  • 1997年(平成9年)5月1日 - 岩手県一関市と友好都市提携。
  • 2006年(平成18年)3月31日 - 唐桑町との新設合併に伴い、2代目の市章(現行)を制定[59]。
  • 2010年(平成22年)9月18日 - 東京都目黒区と友好都市協定締結 (#)。
  • 2011年(平成23年)3月11日 - 東日本大震災により被災。

東日本大震災

2011年(平成23年)3月11日、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、気仙沼市赤岩で震度6弱、本吉町および笹が陣で震度5強を記録した[60]。大津波とそれによって流出した石油の引火による広域火災も発生し、被害は甚大なものとなった[61]。cf. 東日本大震災。

  • 4月3日:この津波が気仙沼湾の海底を最大10 m削ったとする調査結果を、大阪市立大学准教授(地質工学)の原口強率いる研究チームが発表した[62]。
  • 4月9日:この時点で気仙沼市は、死者690人、行方不明者1,531人、避難者8,884人[61]。
  • 4月14日:GPS(全地球測位システム)を用いた国土地理院の調査の結果、岩手県・宮城県・福島県の広範な沿岸地域において、この地殻変動による著しい地盤沈下があったことが明らかとなった。特に岩手・宮城両県境付近の変動量は大きく、気仙沼市は-76 cmであった(cf. 日本における地盤沈下)[63][64][65]。

2023年(令和5年)8月31日時点で、市内の被害状況は死者1,220人(うち関連死111人)、行方不明者214人、被災住宅15,815棟、被災世帯9,500世帯となっている[66]。

政治

  • 市長:菅原茂(2010年4月30日就任、4期目)

歴代市長

さらに見る 代, 氏名 ...
代氏名就任退任備考
気仙沼市(1953年 - 2006年)
1 宮井誠三郎1953年(昭和28年)6月24日1957年(昭和32年)6月23日元 気仙沼町長
2 廣野善兵衛1957年(昭和32年)6月24日1973年(昭和48年)6月23日4期
3 菅原雅1973年(昭和48年)6月24日1993年(平成5年)6月23日5期
4 小野寺信雄1993年(平成5年)6月24日1997年(平成9年)6月23日
5 鈴木昇1997年(平成9年)6月24日2006年(平成18年)3月30日3期
新 気仙沼市(2006年 - )
- 鈴木昇2006年(平成18年)3月31日2006年(平成18年)4月29日市長職務執行者
1 鈴木昇2006年(平成18年)4月30日2010年(平成22年)4月29日元 気仙沼市長
2 菅原茂2010年(平成22年)4月30日現職4期目
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庁舎

  • 本庁舎、第二庁舎:八日町一丁目1番1号
  • ワン・テン庁舎:八日町一丁目1番10号
  • 唐桑総合支所:唐桑町馬場181番地1
  • 本吉総合支所:本吉町津谷舘岡10番地
  • はまなすの館:本吉町津谷新明戸136

現市役所庁舎の老朽化が進んでおり、また耐震基準を満たしていない[67]ことから、旧気仙沼市立病院の跡地(気仙沼市田中)に庁舎の新築移転が決まり、2027年(令和9年)の供用開始をめどに建設が進められている[68]。

防災無線の音楽

気仙沼では、災害に備えた設備点検も兼ねて、1日4回(6, 12, 18, 21時)に防災無線が鳴る。

『夏は来ぬ』『海』『はまらいんや』ほか

都市宣言

いずれも旧:気仙沼市で既に宣言されていたものであるが、新市設置後の2006年(平成18年)9月27日に改めて以下の宣言が行われた[69]。

議会

市議会

姉妹都市・友好都市

国内

気仙沼はサンマの一大産地であり、目黒区は落語の演目『目黒のさんま』の由来地であるという縁による。締結式として「目黒のさんま祭」が行われた。

海外

地域

人口

気仙沼市と全国の年齢別人口分布(2005年) 気仙沼市の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 気仙沼市
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
気仙沼市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 87,914人
1975年(昭和50年) 90,304人
1980年(昭和55年) 92,246人
1985年(昭和60年) 91,468人
1990年(平成2年) 88,152人
1995年(平成7年) 84,848人
2000年(平成12年) 82,394人
2005年(平成17年) 78,011人
2010年(平成22年) 73,489人
2015年(平成27年) 64,988人
2020年(令和2年) 61,147人
総務省統計局 国勢調査より
  • 推計人口による気仙沼市の人口は、2026年8月1日時点で53809人である。
  • 2000年国勢調査による都市雇用圏としての気仙沼都市圏の人口は約9万人。
  • 平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減を見ると、11.57%減の64,988人であり、増減率は県下35市町村中31位。40行政区域中36位。

各地区の人口・世帯数

2025年(令和7年)5月時点の各地区の人口と世帯数(住民基本台帳調査)[70]。

増減率は5年前の2020年(令和2年)5月時点[71]との比較。

さらに見る 地区, 人口 ...
地区 人口 世帯
地区名 小地区名 男性 女性 計 増減 世帯数 増減
気仙沼 気仙沼 6,144人 6,826人 12,970人 −12.60 % 6,965世帯 −4.20 %
鹿折 2,237人 2,481人 4,718人 −6.20 % 2,241世帯 4.23 %
松岩 3,690人 3,911人 7,601人 −10.49 % 3,572世帯 −2.29 %
新月 2,521人 2,708人 5,229人 −7.00 % 2,463世帯 2.28 %
階上 1,794人 1,942人 3,736人 −7.06 % 1,669世帯 4.24 %
大島 1,013人 1,069人 2,082人 −12.26 % 995世帯 −3.58 %
面瀬 2,698人 2,897人 5,595人 −9.00 % 2,477世帯 1.80 %
計 20,097人 21,834人 41,931人 −9.88 % 20,382世帯 0.82 %
唐桑 中井 894人 938人 1,832人 −12.26 % 761世帯 −1.80 %
唐桑 1,118人 1,168人 2,286人 −10.56 % 972世帯 −0.71 %
小原木 485人 540人 1,025人 −15.07 % 460世帯 −7.44 %
計 2,497人 2,646人 5,143人 −12.10 % 2,193世帯 −2.57 %
本吉 小泉 626人 645人 1,271人 −8.62 % 526世帯 2.59 %
津谷 1,981人 2,036人 4,017人 −12.71 % 1,669世帯 −3.91 %
大谷 1,547人 1,641人 3,188人 −9.35 % 1,287世帯 −0.77 %
計 4,154人 4,322人 8,476人 −10.87 % 3,482世帯 −2.57 %
合計 26,748人 28,802人 55,550人 −10.24 % 26,057世帯 −1.20 %
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公的機関

官公庁

国家機関

警察

宮城県警察

消防

気仙沼・本吉地域広域行政事務組合(管轄:気仙沼市・南三陸町)
  • 気仙沼消防署
    • 本吉分署
    • 古町、唐桑、大島出張所

医療

公共施設

主な施設を掲載。

公民館

全13館のうち、12館は直営で1館は指定管理である。

  • 気仙沼中央公民館
  • 本吉公民館
  • 唐桑公民館
  • 大谷公民館
  • 鹿折公民館
  • 新月公民館
  • 階上公民館
  • 小泉公民館
  • 小原木公民館
  • 中井公民館
  • 松岩公民館(指定管理)
  • 面瀬公民館
図書館

気仙沼市立図書館は2館と1館の分室で構成される。

  • 気仙沼図書館(ユドヨノ友好こども館)
    • 気仙沼図書館唐桑分室(唐桑コミュニティ図書室)
  • 本吉図書館
文化施設
  • 気仙沼市民会館
運動施設
  • 気仙沼市総合体育館(ケー・ウエーブ)
  • 気仙沼市営野球場
  • 気仙沼市南運動広場
  • 本吉総合体育館
  • 唐桑運動場

経済・産業

漁業・水産業と観光業が中心である。東日本大震災後は、ほぼ日刊イトイ新聞が支社を設け[72]、糸井重里の助言を受けてセーター製造会社が起業される[73]など新しい動きが見られる。

漁業・水産業

ふかひれ丼(2016年11月)

マグロ、カツオ、サンマは、全国有数の水揚げ高である。ふかひれ(鱶鰭)の産地でもあり、水揚げ量は日本一である。市中心部には水産加工団地が発達している。牡蠣やホタテの養殖も行われている。

漁港

施設
  • 特定第3種漁港
    • 気仙沼漁港(けせんぬま ぎょこう):気仙沼港(気仙沼市港)。
  • 第2種漁港 (cf.)
    • 小鯖漁港(こさば ぎょこう):唐桑町
    • 鮪立漁港(しびたち ぎょこう):唐桑町
    • 松岩漁港(まついわ ぎょこう)
    • 波路上漁港(はじかみ ぎょこう)
    • 浦の浜漁港(うらのはま ぎょこう):大島
    • 日門漁港(ひかど ぎょこう):本吉町

商業・観光

小売業では、複数の商店街と、イオン気仙沼店をはじめとする大型店、郊外店がある。

店舗を含む海岸近くの市街地は、東日本大震災による津波で大きな被害を受けた。地元住民向けの小売・飲食機能の回復と市外からの観光客誘致を兼ねて、商業施設や復興商店街(下記参照)が新たに整備されている。前者では、2011年12月に「気仙沼さかなの駅」[74]が、2014年に「気仙沼 海の市」(店舗のほかシャークミュージアムや氷の水族館で構成)[75]が、2017年11月に「南町紫神社前商店街」が[76][77]、2018年には内湾地区に「迎」(むかえる)[78]が開業した。

なお、「気仙沼さかなの駅」については施設の老朽化などにより2023年1月15日で営業を終了し、大半のテナントの店舗は市内で個別に営業を続けることになった[79]。

震災後の仮設商業施設

復興屋台村・復興商店街
復興屋台村気仙沼横丁(2015年4月30日撮影)

東日本大震災の津波により、気仙沼市全域の飲食店の7割が店舗を失った[80]。気仙沼市では被災した飲食店の仮設店舗集合施設が市内各所に設けられ、事業再開に向けた活動が行われていた[81]。屋台村は、2017年3月20日をもって閉鎖された[82]。

南町紫市場・気仙沼復興商店街

気仙沼市南町地区にて商店街運営をしていた。いろは順にイ館からチ館までの建物があった。2017年4月に閉鎖され、店舗は前記の「南町紫神社前商店街」に再出店した[77]。

サメまち気仙沼

前述のように、ふかひれ生産やそれに加工されるサメの水揚げが多いことから、「サメまち気仙沼」という地域おこしに取り組んでいる[83]。食品としての加工や水族館での展示に加えて、サメ皮製品の専門店もある[84]。

郵便

郵便局
  • 気仙沼郵便局(集配局)
  • 津谷郵便局(集配局)
  • 気仙沼田中前郵便局
  • 気仙沼九条郵便局
  • 気仙沼古町郵便局
  • 松岩郵便局
  • 陸前階上郵便局
  • 馬籠郵便局
  • 小原木郵便局
  • 大谷郵便局
  • 唐桑郵便局
  • 大島郵便局
  • 気仙沼仲町郵便局(気仙沼魚市場前郵便局から改称。2021年5月19日営業再開)[85]
  • 気仙沼鹿折郵便局
  • 気仙沼南町郵便局
  • 陸前小泉郵便局
簡易郵便局
  • 中井簡易郵便局
  • 大浦簡易郵便局
  • 新城簡易郵便局(2025年10月より休止中)[86]
  • 月立簡易郵便局
  • 前木簡易郵便局
  • 東中才簡易郵便局

物流

再生可能エネルギー

バイオマス発電など再生可能エネルギーによる電力を調達して供給する「気仙沼グリーンエナジー」が市と民間企業の出資で設立され、2019年10月から電力供給を開始した[87]。

情報・生活

マスメディア

教育

ESD(持続可能な開発のための教育)が積極的に学校教育に取り入れられており、全ての小中学校および気仙沼高等学校がユネスコスクールに加盟している[88]。

専門学校

  • 宮城県立気仙沼高等技術専門校
  • 気仙沼市立病院付属看護専門学校

高等学校

中学校

気仙沼中学校、松岩中学校、松岩小学校は、文部科学省が推進する「学力向上フロンティア」[89]指定校(フロンティアスクール)である。

小学校

特別支援学校

未就学児施設

認可保育所(市立・私立)
  • 内の脇保育所
  • かやの実保育所
  • 牧沢きぼう保育所
  • 崎浜保育所
  • 階上保育所
  • 新月保育所
  • 津谷保育所
  • 新生保育園(社会福祉法人新生会)
  • けせんぬまおひさま保育園(株式会社さとみ)
認定こども園(市立・私立)

市立の鹿折・唐桑の2園は保育所型認定こども園で、私立の葦の芽星谷幼稚園は幼保連携型認定こども園である[90]。

  • 鹿折こども園
  • 唐桑こども園
  • 葦の芽星谷幼稚園(学校法人あしのめ学園)
幼稚園(市立・私立)
  • 津谷幼稚園
  • 小泉幼稚園
  • 大谷幼稚園
  • 愛耕幼稚園(学校法人愛耕学園)
  • 気仙沼カトリック幼稚園(東北カトリック学園)
  • 葦の芽幼稚園(学校法人あしのめ学園)

学校教育以外の施設

児童館
  • 気仙沼児童センター(気仙沼図書館と併設)
  • 大島児童館
  • 鹿折児童館
  • 赤岩児童館
  • 鮪立児童館
自動車教習所
  • 気仙沼中央自動車学校

交通

気仙沼駅(2023年10月)

鉄道

バス

高速バス

路線バス

  • 岩手県交通
    • 特急大船渡 - 一関線:一関駅前 - 薄衣・千厩経由で気仙沼へ。
    • 一関 - 千厩・気仙沼線:一関駅前 - 薄衣・千厩経由で気仙沼へ。
  • ミヤコーバス
    • 大沢線、松岩線、鹿折線、新月線、大島線、九条線、御崎線、三陸線、本吉川内線、本吉内陸線
  • 市内循環バス
    • 市内中央循環線
  • 乗合タクシー 
    • 上廿一線、金成沢線、羽田線、本吉三陸線

バス高速輸送システム (BRT)

道路

高規格幹線道路(高速道路)

国土交通大臣指定に基づく高規格幹線道路(一般国道の自動車専用道路)

一般国道

県道

主要地方道
一般県道

船舶

  • 大島汽船
    • 遊覧船:気仙沼(観光船桟橋)、大島(浦の浜)から気仙沼湾内をクルージングする遊覧船が季節運航されている。
    かつては、気仙沼(観光船桟橋)・大島(外浜)・唐桑(鮪立、小鯖)を結ぶ唐桑航路があったが、利用者数の減少などから2007年(平成19年)に廃止。気仙沼(観光船桟橋)- 大島(浦の浜)を結ぶ大島航路は、気仙沼大島大橋の開通に伴い、2019年4月7日をもって運行を終了・廃止となった。

観光地・祭事

御崎
巨釜
半造
大谷鉱山跡地
千田家住宅・主屋

レジャー

観光

祭り

  • 徳仙丈つつじ祭り
  • 気仙沼みなとまつり:海の道、内湾、ほかにて、8月第1日曜とその前日に開催。
  • 小泉川夏祭り
  • けせんぬまサンマまつり:船員憩いの広場(朝市広場)にて、9月第3日曜に開催。
  • 気仙沼サンマフェスティバル:サンマまつりを発端とする音楽イベント。2012年より10上旬に開催。
  • お米フェスティバル:気仙沼市民の森にて、10月第2日曜に開催。
  • 気仙沼地方産業まつり:気仙沼市魚市場にて、10月第4土曜・日曜。
  • 本吉町産業まつり
  • 気仙沼市民文化祭:気仙沼市民会館・中央公民館ほかにて、10月中旬から11月上旬にかけて開催。
  • 田束山石像公園祭り
  • 大谷シーサイドフェスタ
  • マンボウサンバ大会
  • 気仙沼市長杯サーフィンコンテスト
  • 羽田のお山がけ:旧暦8月15日・16日、2000年(平成12年)12月27日、国の重要無形民俗文化財指定。
  • 早稲谷鹿踊り
  • 新城田植踊
  • 廿一田植踊
  • 山田大名行列:市指定無形文化財。

マスコットキャラクター

みなと気仙沼大使

気仙沼を舞台にした作品

テレビドラマ
映画
  • 「気仙沼伝説」(旧作品名「ええじゃないか・ニッポン宮城篇~気仙沼伝説」)20212年3月(主演:鈴木京香、杉本哲太)
  • 「ただいま、つなかん」2023年2月25日(語り:渡辺謙)
  • 「サンセット・サンライズ」2025年1月(主演:菅田将暉)
漫画
音楽
  • 「気仙沼小唄」作詩:菊地勤、作曲:栗原勉、振付:石井漠、1951年7月4日[94]
  • 「気仙沼音頭」作詩:浅野健二監修、気仙沼音頭制作委員会、作曲:武田忠一郎、歌:三橋達也、1968年[95]
  • 「はまらいんや」 
  • 「唐桑半島」作詩:つかたかし、作曲:みさきいちろう、編曲:隼トシヒデ、歌:北野都、2014年9月2日 / 音楽プロデュース:小松砂津男(唐桑町小鯖出身)
  • 「気仙沼哀歌(エレジー)」作詩:みうらひろみつ 作曲:みさきいちろう、歌:北野都)
  • 「春夏秋冬・気仙沼」作詩:みうらひろみつ、作曲:みさきいちろう、歌:北野都、2021年5月14日
  • 「KESENNUMA SONGS〜復興の音魂〜10Years History」2021年10月、CD3枚組コンピレーション・アルバム
  • 「望郷気仙沼みなと」「面瀬夢桜」歌:伊東たかひろ、2024年9月

気仙沼が登場する作品

出身著名人

政治
研究・教育
経済
文学・芸術
芸能
アナウンサー
スポーツ
ゆかりのある人物

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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