半蔵門
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慶長7年(1602年)頃の江戸を描いたとされる『別本慶長江戸図』には既に相当する門が描かれており、また慶長13年(1608年)頃の江戸を描いた『慶長江戸図』には既に「半蔵門口」と記載されている。

桜田門と同じような枡形であったが櫓門の部分は明治時代に撤去された。この門内は、江戸時代には吹上御庭と呼ばれ、隠居した先代将軍や、将軍継嗣などの住居とされた。現在は吹上御苑と呼ばれ、御所(天皇・皇后の御所)、吹上大宮御所(昭和天皇・香淳皇后の御所)、宮中三殿、生物学御研究所、天皇が稲作をする水田などがある。そのため、天皇・内廷皇族及び秋篠宮家の皇居への出入りには、主にこの門が用いられている。他の皇族は乾門を使用することが多い。一般人の通行は認められていない。

付近には国立劇場やイギリス大使館がある。
旧来の門は1945年(昭和20年)5月25日の東京大空襲(山の手大空襲)で焼失し、現在の門は和田倉門または吹上門の高麗門を移築したものである[注釈 1]。

