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南山カントリークラブ

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所在地 日本の旗 日本
愛知県豊田市中金町獅子ヶ谷955番地
開業 1975年昭和50年)11月1日
運営 メンバーシップコース
南山カントリークラブ
Nanzan Country Club
南山カントリークラブ
南山カントリークラブの空中写真。
2011年平成23年)5月20日撮影の3枚を合成作成。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
愛知県豊田市中金町獅子ヶ谷955番地
座標: 北緯35度7分49.87秒 東経137度14分38.09秒 / 北緯35.1305194度 東経137.2439139度 / 35.1305194; 137.2439139
概要
開業 1975年昭和50年)11月1日
運営 メンバーシップコース
設計 井上 誠一
運営者 株式会社南山カントリークラブ
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4419 1 4399
2 5552 2 4369
3 4404 3 3221
4 3206 4 4446
5 4403 5 5542
6 5540 6 4445
7 3177 7 5498
8 4388 8 3189
9 4436 9 4400
363525 363509

その他
公式サイト 南山カントリークラブ
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南山カントリークラブ(なんざんカントリークラブ)は、愛知県豊田市中金町にあるゴルフ場である。

南山カントリークラブは、1967年昭和42年)に起きた「愛知カンツリー倶楽部」の移転騒動にある、県有地にゴルフ場はと県議会で騒ぎが起こった[1]。「名古屋ゴルフ倶楽部」理事長で中部日本放送株式会社会長の佐々部晩穂は、豊田市中金地区を移転先に決めると県議会が収まり、愛知カントリー倶楽部は移転を免れた[1]

佐々部は、豊田市中金地区に新たなゴルフ場の建設を考え、1971年(昭和46年)11月15日、経営母体「賀茂開発株式会社」を設立し、社長に佐々部が就任した[1]1972年(昭和47年)3月、「南山カントリークラブ」を創立し、理事長に佐々部が就任した[1]

ゴルフ場建設用地は早期にまとまったが、豊田市中金地区は、用地面積の半分が保安林だった[1]。その解除に申請から1年6カ月も要した[1]。コース設計は井上誠一に依頼した[1]尾根が入り組み岩盤が多い用地だが、井上は自身がある後世に誇れるものを造ってみせるといった[1]

1975年(昭和50年)11月1日、18ホールの造成工事が完成し、仮開場された。大きな岩盤に支えられた谷や岩壁、フェアウェイを塞ぐ露出された岩塊だったり、まるで正反対の作品であった[1]。井上誠一は後に、上手い人はいいコースを造っておけば自然に技術が向上すると語っている[1]1976年(昭和51年)10月9日、18ホールのゴルフ場は正式に開場された[1]

所在地

  • 〒470-0312:愛知県豊田市中金町獅子ヶ谷955番地

コース情報

  • 開場日 - 1975年(昭和50年)11月1日
  • 設計者 - 井上 誠一
  • 面積 - 1,000,000m2(約30.2万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、7,034ヤード、コースレート73.7
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 2グリーン、ベント
  • ハザード - バンカー60、池が絡むホール5
  • ラウンドスタイル - 全組キャディ付、最新GPSナビ導入済、5人乗りカートを導入
  • 練習場 - 打席ヤード
  • 休場日 - 毎週月曜日1/1(4-6、9-12最終月曜日)[2]

クラブ情報

ギャラリー

  • コース - [4]
  • ハウス - [5]

交通アクセス

鉄道
道路

エピソード

6番ホールは、ぐるりと谷際の尾根上に狭いフェアウェイをめぐらせたホール[7]

13番ホールは、フェアウェイ280ヤード地点にあり巨大な岩塊は、工事中に動かせずロックバンカーという新品種のハザードを造ってしまったホール[7]

14番ホールは、急激な無謀なほどの右ドッグレッグの「地獄谷」ホール[7]

16番ホールは、打ち下ろし岩盤と三つの池をもつ、「南山ではなく難山ではないか」と嘆きたくなるホール[7]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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