南木神社
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯34度27分36秒 東経135度37分53秒 / 北緯34.46000度 東経135.63139度座標: 北緯34度27分36秒 東経135度37分53秒 / 北緯34.46000度 東経135.63139度
主祭神
大楠公(楠木正成)
| 南木神社 | |
|---|---|
|
拝殿と鳥居(2020年11月) | |
| 所在地 | 大阪府南河内郡千早赤阪村水分357 |
| 位置 | 北緯34度27分36秒 東経135度37分53秒 / 北緯34.46000度 東経135.63139度座標: 北緯34度27分36秒 東経135度37分53秒 / 北緯34.46000度 東経135.63139度 |
| 主祭神 | 大楠公(楠木正成) |
| 創建 | 延元2年/建武4年(1337年) |
| 地図 | |
南木神社(なぎじんじゃ)は、大阪府南河内郡千早赤阪村水分にある神社。建水分神社の摂社であり、楠木正成を祀る最古の神社である。
後醍醐天皇の臣・楠木正成が延元元年/建武3年(1336年)5月25日に湊川の戦いで足利尊氏に敗れ、自害した。その翌年の延元2年/建武4年(1337年)に、楠木氏の氏神である建水分神社の境内に正成を祭神とする神社を建てることとなり、後村上天皇から「楠木」の名字をもじった南木(なぎ)明神という神号を賜わり、南木神社が建水分神社の本殿の背後に建立された。
江戸時代にはこの近辺は伊勢国神戸藩石川氏の領地となっていた。そのため、元禄10年(1697年)に本殿が傾いた際は藩主・石川総茂の命により現在地に移転している。
1934年(昭和9年)の室戸台風により近くの老松が折れてしまい本殿は倒壊した。しかし、御神体である大楠公(楠木正成)尊像は石川総茂が奉納した厨子に護られて無傷であった。
社殿は摂社としては破格の官幣社建築に準じて設計されており、皇紀2600年とされた1940年(昭和15年)に再建され、同年4月12日に正遷座祭が行われた。
戦前、楠木正成は天皇のために尽くした忠臣として大いに称えられたため、大勢の参詣者が建水分神社と南木神社に参詣している。