南沢獅子舞

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会場の1つ、南沢氷川神社(2016年)

南沢獅子舞(みなみさわししまい)は、東京都東久留米市に伝わる郷土芸能である。

江戸時代初期から旧南沢村に伝わる郷土芸能で、かつては村の長男のみに伝えられてきた[1][2]。伝承によると延宝年間(1673-1681)に伊勢から伝わったと言われ、舞う際の歌にも「此の獅子は伊勢で生れて江戸そだち」と歌われている[3]五穀豊穣悪疫退散を祈願し、豊作だった年に行われていた[4]。戦時中に一度途切れたが戦後に復活し[4]、現在では4年に1度行われている[4][2]

栗原健人(南沢氷川神社宮司)によると、3匹の獅子舞と万歳が一緒に行われるのは日本国内で2つか3つであるという[2]。その内訳は、東北地方に1つ、関東ではこの南沢獅子舞のみである[2]

通常の獅子舞に比べて南沢獅子舞はかなり時間が長かったといい、近年は半分くらいの時間になっている[2]。かつては獅子踊りだけでも時間くらい踊り続け、次の日は腰が立たないほどであった[2]。珍しい獅子舞ということで全国からマニアが訪れるようになった[2]

栗原は後継者の不足を課題として挙げ、「これからも地元での農業を中心とした方がしっかりお守りいただければと思っているところでございます」と述べている[2]

南沢獅子舞は、1967年(昭和42年)に久留米町の無形民俗文化財に指定された[2]。その後1970年(昭和45年)の市制施行に伴って、改めて1977年(昭和52年)に東久留米市の無形民俗文化財の第1号に指定されている[2][5] [6]

歴史

獅子舞が舞う際の歌に「此の獅子は伊勢で生れて江戸そだち」とあり、江戸初期の延宝年間(1673~1680)に伊勢から伝わって来たとされるが[7]、伝播経路を確認できる史料はない[2]。本番用の獅子頭の舌板の裏側に「文化九年壬申年四月彩色」との墨銘があることから、文化9年(1812年)には伝わっていることが推測される。昔は豊年の年の秋祭りとして不定期に行われ[7]明治時代には毎年行われた時期もあったものの[8]、近年は数年おきとなり、サラリーマンが練習に出られない[9]昭和天皇の容体を気遣っての自粛などのために[10]、5年間途絶えた時期もあったが、2000年以降は4年に一度開催している[2]

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脚注

外部リンク

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