南満洲鉄道附属地

20世紀前半の満洲に存在した南満洲鉄道の所有地 From Wikipedia, the free encyclopedia

南満洲鉄道附属地(みなみまんしゅうてつどうふぞくち)は、20世紀前半の満洲に存在した南満洲鉄道の所有地。所有権のみならず、行政権をも行使した。満鉄附属地(まんてつふぞくち)ともいう。

概要

日本はポーツマス条約の規定によりロシア帝国が経営する東清鉄道の南満洲支線を継承したときに、鉄道附属地制度もそのまま継承した。

南満洲鉄道株式会社が設立される時に政府から出された「命令書」[1]には、「鉄道及ビ付帯事業ノ用地ニ於ケル土木教育衛生等ニ関シ必要ナル施設ヲ為スヘシ」と定められた。

これに基づき、満鉄は満鉄附属地内のインフラ整備をすすめることになった。これらの事業を進めるため、満鉄本社に「地方部」が設けられた。

満鉄が満鉄附属地内で行使した行政活動を「地方経営」と称した。地方経営は、学校病院公園職安消防宿泊施設の運営など多岐にわたり、のべ2億円をつぎ込んだ。

満洲国成立後の1937年に、行政権を満洲国に返還した[2]が、土地の所有権は引き続き満鉄が持ち続けた。

公費負担

満鉄が地方経営に要する費用のうち、

  • 本社や地方事務所の事務費
  • 病院
  • 中等教育以上の学校
  • 図書館
  • 水道
  • 不動産管理

などは、満鉄が全額負担することになっているが、

  • 道路
  • 下水道
  • 初等教育の学校
  • 公衆衛生
  • 消防
  • 火葬場

は、受益者負担ということで居住者に経費を負担させることになっていた。

満鉄では、1907年に「南満洲鉄道株式会社附属地居住者規約」を制定した[3]。これによると、附属地の住民は「公費」という名称の事実上の租税を負担する義務を負うことが明記されていた。公費には、「戸数割(所得税・法人税に相当)」と「雑種割(各種営業活動に対する営業税)」があった。公費そのものは、内地の租税と比較してもかなり安かったが、それでも滞納する者については附属地からの退去を求めることができた。

もっとも附属地には、「公費賦課区」と「中間区」の区分があり、人口が多く豊かな地区は「公費賦課区」として公費を徴収したが、人口が少なく公費の賦課に耐えられない地区は「中間区」とし、公費を徴収しなかった[4]

行政機関

満鉄では、主要な「公費賦課区」に「地方事務所」を設けた。地方事務所の諮問機関として「地方委員会」が置かれた[5]1922年(大正11年)から地方委員は公選となり、選挙権は戸数割を負担する住民に、被選挙権はそのうち25歳以上の男性に与えられた。つまり戸数割を負担する住民でさえあれば、未成年者でも女性でも選挙権が得られたのである。

司法権及び警察権

満鉄は、日本の国策会社といえども株式会社であるので、当然、すべての公権力を有するわけではなく、司法権は日本の領事裁判所が、警察権は関東州の警察が権限を行使した。

市街経営

満鉄は、商工業文化都市建設の方針を掲げ、都市計画インフラストラクチャー整備を進めた[6]

  • 大連市[6]
  • 瓦房店 - 面積約2.5㎢、1935年末戸数1414戸・人口6749人[6]
  • 熊岳城(熊岳鎮中国語版) - 面積約4.5㎢、1935年末戸数427戸・人口2412人[6]
  • 蓋平 - 面積約3.3㎢、1935年末戸数299戸・人口1725人[6]
  • 大石橋 - 面積約3.9㎢、1935年末戸数1389戸・人口6941人[6]
  • 営口 - 面積約1.4㎢、1935年末戸数1179戸・人口5774人[6]
  • 海城 - 1935年末戸数383戸・人口2285人[6]
  • 鞍山 - 製鉄所建設にあたり1917年買収により取得、面積約18.4㎢、1935年末戸数6368戸・人口3万3127人[6]
  • 遼陽 - 面積約6.8㎢、1935年末戸数1692戸・人口8362人[6]
  • 蘇家屯 - 面積約1.9㎢、1935年末戸数1231戸・人口4990人[6]
  • 奉天 - 面積約12.8㎢、1935年末戸数1万6838戸・人口8万4012人[6]
  • 鉄嶺 - 面積約6.3㎢、1935年末戸数1079戸・人口4650人[6]
  • 開原 - 面積約6.6㎢、1935年末戸数3406戸・人口2万0161人[6]
  • 昌図 - 面積約3.6㎢、1935年末戸数502戸・人口2608人[6]
  • 四平街 - 面積約6.7㎢、1935年末戸数3237戸・人口1万9351人[6]
  • 郭家店(郭家店鎮中国語版) - 面積約0.6㎢、1935年末戸数612戸・人口3615人[6]
  • 公主嶺 - 面積約6.8㎢、1935年末戸数2528戸・人口1万3389人[6]
  • 范家屯(范家屯鎮中国語版) - 面積約0.7㎢、1935年末戸数610戸・人口4179人[6]
  • 新京 - 面積約0.6㎢、1935年末戸数1万0605戸・人口6万3095人[6]
  • 本渓湖(本渓市) - 面積約0.8㎢、1935年末戸数655戸・人口3263人[6]
  • 橋頭 - 面積約0.5㎢、1935年末戸数190戸・人口887人[6]
  • 連山関(連山関鎮中国語版) - 面積約0.5㎢、1935年末戸数109戸・人口476人[6]
  • 鶏冠山(鶏冠山鎮中国語版) - 面積約0.6㎢、1935年末戸数319戸・人口1666人[6]
  • 安東(丹東市) - 面積約4.5㎢、1935年末戸数1万6194戸・人口7万7053人[6]
  • 撫順 - 面積約61.8㎢、1935年末戸数1万5062戸・人口8万9640人[6]

脚注

関連項目

外部リンク

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