南草津プリムタウン
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歴史
- 2015年(平成27年):街づくり計画を開始[4]。
- 2016年(平成28年):草津市が南草津プリムタウン土地区画整理組合を設立する[4]。
- 2017年(平成29年):草津市が事業計画の見直しを発表。店舗の誘致が可能となる(後述)[6]。
- 2018年(平成30年):草津市が地区計画の決定を発表する[4]。
- 2019年(平成31年・令和元年):第1工区(第1期)の分譲を開始。
- 2020年(令和2年):第2工区(第2期)の分譲を開始。
- 2021年(令和3年):第3工区(第3期)の分譲を開始。
- 2022年(令和4年)
- 2023年(令和5年):換地処分公告により「南草津プリムタウン一丁目 - 四丁目」となる[8]。
地区計画と建築物の制限
ルビットパーク南草津
アクセス
付記
日本最古級の工房跡出土
宅地造成中に、日本最古級の鋳造施設(黒士遺跡)が確認された[15]。
ここは鉄などの鋳造遺構としては国内最古級で、口径が1メートルを超す巨大な鍋釜などの製品作りを行っていた。周辺には同時代の製鉄遺構も点在している[16]。
さらに、奈良時代の役所の一部とみられる「長舎」の柱穴などが見つかり、長舎近くでは幅12メートルの道路跡が長さ47メートルにわたって確認された[17]。その他にも、遺跡の溝の中から奈良時代前半の土器が出土した[18]。
黒土遺跡の周辺では、7世紀終わりから8世紀初めにかけて営まれた製鉄施設が確認されている。地金を加工して製品化する鍛冶場や梵鐘を鋳造した施設、燃料となる木炭を造る炭窯なども出土している。なお、源内峠遺跡では、7世紀後半の製鉄炉4基を確認している。大量の鉄鉱石も見つかっていることから、大規模な操業だったことが明らかになっている。
ちなみに、黒土・榊差(さかきざし)[19]・木瓜原(ぼけわら)・源内峠の各遺跡は大津市から草津市にかけて延びる、なだらかな瀬田丘陵上にある。同丘陵や周辺では、ほかにも製鉄や製陶に関わる遺跡が点在し、なお、同遺跡から北東約300メートルにある「榊差遺跡」でも高度な鋳造技術を示す遺物が相次いで見つかっている[20]。
新駅設置計画(凍結)
2013年(平成25年)10月に公表した『草津市都市交通マスタープラン(案) 及び総合交通戦略(案) 【新駅設置の概略検討(案)】』にはJR琵琶湖線(東海道本線)の新駅設置計画が記され、その周辺が土地区画整理事業(現在の南草津プリムタウン)の対象となっていた[21]。新駅設置計画に対し、地元側は「南草津駅と近過ぎるため近隣の人しか利用しない」や「国道1号の渋滞を増長するだけで必要ない」や「新駅を建設するなら、狼川の改修を併せて考えてもらいたい」などの反対意見が多かったが[21]、「新駅設置は積極的に取り組んでほしい」や「新駅の設置とともに、プリムタウン内に湖南幹線まで抜ける都市計画道路の整備を検討してほしい」などの賛成意見もあった(地元側の意見は原文を基に再構成)[21]。また、当地に新駅を設けるとアクセス道路の整備が必要となるため既存の工場の移転や土地区画整理事業に遅れが生じること、(南草津駅に近過ぎるため)新快速の停車が見込めないことも併せて発表している[21]。なお、同資料の「まとめ」には「新駅の検討を一旦凍結し、(中略)必要に応じて再検討を行うべき」という結論が記されている[21]。ちなみに、当地の新駅設置計画は同年10月28日までに凍結したことを京都新聞が報じている[22]。


