南阿蘇鉄道MT-2100形気動車
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 南阿蘇鉄道MT-2100形気動車 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 運用者 | 南阿蘇鉄道 |
| 製造所 | 新潟鐵工所[1] |
| 種車 | 国鉄キハ52 35[2] |
| 製造年 | 1961年[1] |
| 改造所 | 西日本交通機械[3] |
| 改造数 | 1[4] |
| 導入年 | 1987年[3] |
| 廃車 | 1993年12月[5] |
| 主要諸元 | |
| 軌間 | 1,067[6] mm |
| 最高速度 | 95 km/h |
| 車両定員 |
88名 (座席76名)[7][8] |
| 自重 | 35.5 t[7][8] |
| 全長 | 21,300[9] mm |
| 車体長 | 20,800[9] mm |
| 全幅 | 2,928[4] mm |
| 車体幅 | 2,800[9] mm |
| 全高 | 3,925[9] mm |
| 車体高 | 3,680[9] mm |
| 床面高さ | 1,250 mm[9] |
| 車体 | 普通鋼[10] |
| 台車 |
枕ばね:下枕2連コイルバネ 軸箱支持:ウイングばね式 DT22A[7][8][11][12] |
| 車輪径 | 860 mm[11] |
| 固定軸距 | 2,100 mm[11] |
| 台車中心間距離 | 14,400 mm[9] |
| 機関 | DMH17Cディーゼルエンジン[7][8] |
| 機関出力 | 132 kW (180 PS) / 1,500 rpm[7][8] |
| 変速機 | 新潟コンバーター製液体式 (DF115) [7][8] |
| 変速段 | 変速1段・直結1段[13] |
| 搭載数 | 2[7][8]基 / 両 |
| 制動装置 | DA1A自動空気ブレーキ[7][8] |
南阿蘇鉄道MT-2100形気動車 (みなみあそてつどうMT-2100がたきどうしゃ)は、1987年(昭和62年)に日本国有鉄道(国鉄)キハ52 35を譲受し、1993年(平成5年)まで使用された南阿蘇鉄道の気動車である[2][14]。
南阿蘇鉄道は1986年(昭和61年)4月に国鉄の特定地方交通線だった高森線を第三セクターに転換して開業[15]し、当初MT-2000形3両が用意された[16]が、予備車確保と、トロッコ列車の補助機関車(補機)として使用する目的で、1986年(昭和61年)12月に熊本で廃車となった国鉄キハ52 35を購入した[17][18]。縦型のDMH17Cディーゼルエンジン2基を備えるキハ52としては初期型に属する車両である[19]。導入にあたり、MT-2000形と連結できるようジャンパ栓が交換され、外部塗装もMT-2000形に準じたものに変更された[14]。ワンマン運転用の装備がなかったことなどからほとんど使用されることのないまま1993年(平成5年)にMT-3001に置き換えられて廃車された[20]。
車体
種車であるキハ52 35は昭和35年度本予算[21]で1961年(昭和36年)1月に製造された車両である[1]。南阿蘇鉄道では、塗装以外の外装は変更されなかった[20]。キハ52は、2エンジン搭載のため車体長がキハ20より500 mm長い20.8 mとなり[19][7]、扉間の窓が1枚多くなっている[22][23]。前面貫通式、乗務員室は全室式、850 mm幅の客用扉が片側2か所、台車よりやや中心寄りにある。後位側にはトイレと水タンクが設けられ、扉間には 930 mm幅の窓6組と663 mm幅の戸袋窓2組が、前位側客用扉の車端寄りには425 mm幅と930 mm幅の窓各1組、後位側には930 mm幅の窓とトイレ部に窓が設けられた[9]。戸袋窓、トイレ窓以外はいずれも上段上昇、下段上昇式である[9]。後年製造されたキハ52 100番台に対し、排気管の都合で窓間隔が均等ではないこと、客用扉が120 mm車端寄りにあるなどの外観上の相違がある[23]。
車体外部はMT-2000形と同様[2]、白をベースに外部塗装は白をベースとし、火の国熊本の阿蘇山と清流の白川をアレンジしたオレンジ色と水色の帯が巻かれた[24]
車内は国鉄時代の姿のまま使用された[25]。座席配置はセミクロスシートで、戸袋部がロングシート、前位側運転台直後が2人掛けシートとなっている他は4人掛ボックスシートである[9]。

