卯月 (初代神風型駆逐艦)
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 計画 | 1905年度[1] |
| 起工 | 1906年3月22日[1] |
| 進水 | 1906年9月20日[1] |
| 就役 | 1907年3月6日[1] |
| その後 | 1912年8月28日三等駆逐艦[1] 1928年7月6日廃駆逐艦第3号と仮称[1] |
| 除籍 | 1924年12月1日[1] |
| 廃船 | 1926年6月16日[1] |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 常備:381t 満載:450t |
| 全長 | 69.2メートル |
| 全幅 | 6.6メートル |
| 吃水 | 1.8メートル |
| 機関 | レシプロエンジン2基2軸、6,000hp |
| 最大速力 | 29ノット |
| 航続距離 | 11ノット/850カイリ |
| 乗員 | 70人 |
| 兵装 | 80mm(40口径)単装砲 2門 80mm(28口径)単装砲 4門 450mm魚雷発射管 2門 |
卯月(うづき / うつき)は、大日本帝国海軍の駆逐艦で、神風型駆逐艦 (初代)の26番艦である。同名艦に睦月型駆逐艦の「卯月」があるため、こちらは「卯月 (初代)」や「卯月I」などと表記される。
艦長
※『日本海軍史』第9巻・第10巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。
- 駆逐艦長
- (兼)小泉親治 大尉:1907年1月18日 - 5月30日
- (兼)東島乙吉郎 少佐:1907年5月30日 - 1907年7月1日
- (兼)加々良乙比古 大尉:1907年7月1日 - 9月28日
- (兼)原完二 大尉:1907年9月28日 - 1908年1月10日
- 安東昌喬 大尉:1908年1月10日 - 4月20日
- 馬島専之助 大尉:1908年4月20日 - 6月5日
- (兼)山崎正策 大尉:1908年6月5日 - 1908年6月23日
- (兼)町田亀彦 大尉:1908年6月23日 - 9月19日
- 馬島専之助 大尉:1908年9月19日 - 1911年5月23日
- 小沢潔 大尉:1911年5月23日 - 12月27日
- 浜田豊太郎 大尉:1911年12月27日 - 1913年5月24日
- 泥川豊 大尉:1913年5月24日 - 1914年3月23日
- 山下正一 大尉:1914年3月23日 - 不詳
- 藤好鉄之助 少佐:不詳 - 1916年9月12日
- 佃久米太郎 大尉:1916年9月12日 - 1917年2月7日[7]
- 白根貞介 大尉:1917年2月7日 - 7月2日
- 倉田三雄 大尉:1917年7月2日 - 1919年4月1日[8]
- 佐久間敬太郎 大尉:1919年4月1日[8] - 1920年10月1日[9]
- (兼)中原市介 中佐:1920年10月1日[9] - 12月1日[10]
- 樋口通達 大尉:1920年12月1日[10] - 1922年7月1日[11]
- 中原達平 大尉:1922年7月1日[11] - 1923年2月15日[12]
- 池田七郎 大尉:1923年2月15日[12] - 5月1日[13]
- (兼)須藤平三郎 少佐:1923年5月1日[13] - 1923年8月13日[14]
- (兼)安富芳介 大尉:1923年8月13日[14] - 1924年2月5日[15]
- (兼)藤井音四郎 大尉:1924年2月5日[15] -