印出順彦 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 茨城県生年月日 (1968-10-16) 1968年10月16日(56歳)身長体重 182 cm75 kg印出 順彦基本情報国籍 日本出身地 茨城県生年月日 (1968-10-16) 1968年10月16日(56歳)身長体重 182 cm75 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 内野手経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 土浦日本大学高等学校 慶應義塾大学 東芝 監督・コーチ歴 東芝 この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 印出 順彦(いんで のりひこ、1968年10月16日 - )は、茨城県出身の元社会人野球選手、野球指導者、野球解説者。元東芝野球部監督。 土浦日大高[1]では3年次に主将として第68回全国高等学校野球選手権大会に出場。 高校卒業後、二浪を経て1989年に慶應義塾大学に入学し野球部に所属。同期の赤池行平(長野高)、古葉隆明(広島城北高、古葉竹識の子)とともに"二浪トリオ" として活躍し、3年次の1991年、小桧山雅仁や若松幸司ら1学年上の投手陣を擁してリーグ戦春秋連覇。4年次の1992年、主将として、2年・井深有投手(韮山高、日本石油)を主戦に赤池、古葉のほか1年・髙木大成らの投打を擁して秋季リーグ優勝を果たす。続く明治神宮大会決勝戦の東海大戦では、延長の決勝本塁打を含む2本塁打で7-6で下し優勝に貢献した。 大学時代はリーグ戦ベストナインに遊撃手として3回(3年春、4年春・秋)選出された。また4年次には第21回日米大学野球選手権大会のメンバーに選出されている[2]。 上位指名であればプロ入りとも言われたが大学卒業後の1993年に東芝に入社し野球部に入部。1999年には主将として都市対抗野球で優勝。同年限りで現役引退。その後は社業に専念していた[3]。 2006年にコーチとして現場復帰し、2007年に東芝の監督に就任。就任1年目の2007年と2010年にチームを都市対抗野球大会優勝に導いた[3]。 2013年11月末をもって監督を退任[4]。その後は社業の傍ら、NHKの高校野球中継の解説者としても活動している。 2022年は東京六大学野球の早慶戦の中継の解説も担当した。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 主な出身選手(土浦日本大学高等学校) ↑ “第21回 オールジャパンメンバー”. 公益財団法人 全日本大学野球連盟. 2021年4月12日閲覧。 1 2 “胴上げに万感の思い 印出監督の挑戦結実”. スポニチAnnex (2010年9月8日). 2021年4月12日閲覧。 ↑ “社会人野球・東芝、印出監督が退任”. 神奈川新聞 (2013年10月26日). 2021年4月12日閲覧。 表話編歴 野球日本代表 - 1992年日米大学野球選手権大会監督 太田誠 コーチ 鈴木三好 中尾卓一 原貢 投手 大西敏文 木村龍治 佐々木善丈 鶴田泰 門奈哲寛 関根裕之 河原純一 渡辺秀一 捕手 田口昌徳 一鍬田学 柳沢裕一 内野手 印出順彦 神野純一 渡辺峰雄 上茂雄 小田裕剛 小久保裕紀 高田義宜 仁志敏久 外野手 天野義明 伊礼忠彦 杉村昭 真中満 竹間容祐 今田康博 この項目は、野球に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球/P野球)。表示編集 Related Articles