天野義明 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 静岡県生年月日 (1970-11-22) 1970年11月22日(55歳)身長体重 177 cm100 kg天野 義明山岸ロジスターズ 部長基本情報国籍 日本出身地 静岡県生年月日 (1970-11-22) 1970年11月22日(55歳)身長体重 177 cm100 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 外野手、一塁手経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 静岡県立静岡高等学校 駒澤大学 日本生命 監督歴 山岸ロジスターズ この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 天野 義明(あまの よしあき、1970年11月22日 - )は、静岡県出身の元社会人野球選手(外野手、一塁手)。 静岡高では赤堀元之や梶山義彦が同級生で、2年生だった1987年にはチームが第69回全国高等学校野球選手権大会に出場している。 高校卒業後は、駒澤大学に進学し硬式野球部でプレー。同級生に田口昌徳や鶴田泰がいた。4年生の1992年には春季リーグ戦では一塁手として初のベストナインに選ばれる活躍でリーグ優勝に貢献し[1]、同年は全日本大学野球選手権大会でも優勝している。また、田口や鶴田とともに同年の第21回日米大学野球選手権大会の日本代表に選出された[2]。 大学卒業後は、社会人野球の日本生命に進み、主に外野手として活躍。1997年には第68回都市対抗野球大会で準々決勝・準決勝・決勝と3戦連続で本塁打を放ち、三番・福留孝介の後を打つ四番打者としてチームの優勝を支えた[3]。同年、梶山義彦らとともに初の社会人ベストナインに外野手として選出されている。1999年8月には翌年のシドニー五輪の予選を兼ねたアジア選手権の日本代表候補合宿で主将を務めたが、同大会の代表には選ばれなかった[4]。しかし翌2000年は日本生命の主将を務めるとともに、第27回社会人野球日本選手権大会で指名打者として表彰選手に選ばれる活躍でチームのベスト4進出を支え、2度目の社会人ベストナインを受賞している。2002年の第73回都市対抗野球大会には初めて補強選手として参加し、10年連続出場選手として表彰を受けた。2005年をもって現役を引退している。 2016年、同年に結成された地元である静岡県に本拠地を置く社会人野球・クラブチームである山岸ロジスターズの監督に就任。 2023年からは部長としてチームを支える[5]。 脚注 ↑ 読売新聞、1992年5月29日付朝刊、P.18 ↑ 第21回日米大学野球 日本代表 ↑ 読売新聞、1997年7月29日付朝刊、P.21 ↑ 読売新聞、1999年8月10日付夕刊、P.3 ↑ “平野謙氏が山岸ロジスターズ監督に就任…ゴールデン・グラブ賞9度受賞 豊富な指導経験”. スポーツ報知 (2023年1月6日). 2023年1月6日閲覧。 関連項目 静岡高校野球部 静岡県出身の人物一覧 駒澤大学の人物一覧 表話編歴 野球日本代表 - 1992年日米大学野球選手権大会監督 太田誠 コーチ 鈴木三好 中尾卓一 原貢 投手 大西敏文 木村龍治 佐々木善丈 鶴田泰 門奈哲寛 関根裕之 河原純一 渡辺秀一 捕手 田口昌徳 一鍬田学 柳沢裕一 内野手 印出順彦 神野純一 渡辺峰雄 上茂雄 小田裕剛 小久保裕紀 高田義宜 仁志敏久 外野手 天野義明 伊礼忠彦 杉村昭 真中満 竹間容祐 今田康博 Related Articles