印在謹
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梨花女子大学校社会学科在学中から民主化運動に参加、1980年代の所謂第五共和国(全斗煥政権)時代は在野の民主化運動組織である民主化実践家族運動協議会(民家協)や民主統一民衆運動連合(民統連)で活動した。金槿泰が1985年に逮捕された際、警察での取調中に電気拷問が行われた事実を暴露するなど、逮捕投獄されることが多かった金槿泰の活動を献身的に支えた。1987年には金槿泰とともにロバート・ケネディ人権賞を受賞した[1][2]。2011年12月に金槿泰が拷問によって生じたパーキンソン病で他界した後、彼の意志を引き継ぐ形で民主統合党から12年4月に行われた総選挙に出馬[3]、初当選を果たした。
2014年3月に民主党と新政治連合が合同して結成された新政治民主連合では、7月の国会議員再補選惨敗後に党立て直しを図るため同年9月に発足した臨時党指導部(非常対策委員会)を構成する委員に任命された[4]。
