紹興市の西南13kmの三亭鎮で4つのL字形の周濠に囲まれた墳丘墓が発掘された。墓域は南北320m、東西265mの面積を持ち、周濠の中心部に東西72m、南北36m、高さ9.8mの墳丘がある。墳丘中央下にある竪穴の墓坑は、東西に長い不規則な長方形で、長さ46m、最大幅19m、深さ12.4mある。墓坑内にある木槨の墓室は、東西に長い長方形で、東に墓道が続いている。墓室と墓道の全長は54mあり、墓室は東西長さ33.4m、幅4.98mで、墓室内には横断面が三角形を呈する大木槨が存在する。木槨の横断面の1辺は約6.7mあり、高さは約5mである。木槨は後室・中室・前室からなり、中室の中央に木棺が置かれていた。盗掘が激しく、副葬品の多くは失われていた。
この墓は春秋時代後期の越国の王陵と推定され、調査報告書は被葬者として越王勾践の父の允常の名を挙げている。