原島保 From Wikipedia, the free encyclopedia 原島 保(はらじま たもつ、1913年 <大正2年> 1月1日 - 1989年 <平成元年> 3月31日)は、日本の経営者。日本セメント社長、会長を務めた[1]。東京都出身[1]。位階は正四位。 1936年に東京帝国大学経済学部商業学科を卒業し、同年に浅野セメント(のちの日本セメント)に入社[1]。1964年12月に取締役に就任し、1969年12月に常務、1972年12月に専務を経て、1974年12月には社長に就任[1]。1982年7月には会長に就任[1]。 1986年11月に勲二等瑞宝章を受章[2]。 1989年3月31日脳出血のために死去[3]。76歳没。死没日付をもって正四位に叙された[4]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 人事興信所 1985, は175頁. ↑ 1986年 11月3日 日本経済新聞 朝刊 p11 ↑ 1989年 4月2日 日本経済新聞 朝刊 p31 ↑ 平成元年 1989年4月27日付 官報 本紙 第83号 8頁 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第33版 下』人事興信所、1985年。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 先代武安千春 日本セメント社長1974年 - 1982年 次代北岡徹 Related Articles