原方街道
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原方街道は、会津藩が江戸へ米を運ぶため、1645年(正保2年)に初代藩主の保科正之によって開削された。
当時、東北大名の参勤交代の通行路として使用されていた奥州街道は、人馬や物資の輸送などが多くてかなりの混雑を極めていた。そのため、東北から江戸への廻米に支障をきたす可能性があり、新たな物資輸送ルートの需要が高まった。
奥州街道の脇街道として整備された原方街道は、会津藩以外にも二本松藩や白河藩が廻米で使用している。また、高久宿には松尾芭蕉が宿泊したことを示す石碑があり、庶民の通行もあったと考えられる[1]。
宿場は存在したが、本陣や脇本陣、旅籠などはなく、米を輸送する問屋が人足も取り仕切っていた。