厳島神社 (古平町)

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位置 北緯43度16分4.8秒 東経140度38分17.1秒 / 北緯43.268000度 東経140.638083度 / 43.268000; 140.638083座標: 北緯43度16分4.8秒 東経140度38分17.1秒 / 北緯43.268000度 東経140.638083度 / 43.268000; 140.638083
主祭神 市岐島姫命
地図
厳島神社の位置(北海道内)
厳島神社
厳島神社
厳島神社

厳島神社 第一鳥居
第一鳥居(2025年10月)

所在地 北海道古平郡古平町港町3
位置 北緯43度16分4.8秒 東経140度38分17.1秒 / 北緯43.268000度 東経140.638083度 / 43.268000; 140.638083座標: 北緯43度16分4.8秒 東経140度38分17.1秒 / 北緯43.268000度 東経140.638083度 / 43.268000; 140.638083
主祭神 市岐島姫命
地図
厳島神社の位置(北海道内)
厳島神社
厳島神社
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厳島神社(いつくしまじんじゃ)は、北海道古平町港町にある神社

1751年宝暦元年)、古平場所請負人5代の岡田弥三右衛門秀悦によって、アイヌがカムイミンタラ(熊神の遊ぶ聖地)と呼んでいた山腹に恵比須神社が創建される[1]

1844年天保15年)、運上家支配人の城川長治郎が御影石の灯篭1対を寄進する[2]

1845年弘化2年)、運上家が御影石の鳥居を寄進する[2]

1856年安政3年)の松浦武四郎による『西蝦夷日誌』には「山中安全の為参詣し一首を奉りぬ」とある[2]。ただ、同じく松浦による『西蝦夷再渡航日誌』では「弁天社」と記載されており、また1860年(安政7年)には「辨才天」の木彫の板額が寄進されているところから、当時は弁才天が合祀されていたと考えられる[2]1801年享和元年)の入船町に、弁財天を祀る堂宇が創立され、市岐島姫命も奉祀されていたと伝えられているが、現存しないこの神社の神体が港町に遷された可能性もある[2]

1877年(明治10年)ころ、恵比須神社としての神体である事代主神が盗難に遭ったため、厳島神社に改められたと言われる[2]。しかし、明治時代に入ってからの神仏分離の流れに則り、開拓使が各地の弁天社を「厳島神社」と改称させていたので、当社もその対象になったとも考えられる[2]

1911年(明治44年)9月25日、政府の勧めによって琴平神社への合祀の手続きが取られるが、以後も祭祀は続けられた[3]

脚注

参考文献

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