琴平神社 (古平町)

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所在地 北海道古平郡古平町大字新地町86番地
位置 北緯43度16分51.5秒 東経140度38分8.7秒 / 北緯43.280972度 東経140.635750度 / 43.280972; 140.635750座標: 北緯43度16分51.5秒 東経140度38分8.7秒 / 北緯43.280972度 東経140.635750度 / 43.280972; 140.635750
琴平神社

琴平神社 第一鳥居
第一鳥居(2025年10月)

所在地 北海道古平郡古平町大字新地町86番地
位置 北緯43度16分51.5秒 東経140度38分8.7秒 / 北緯43.280972度 東経140.635750度 / 43.280972; 140.635750座標: 北緯43度16分51.5秒 東経140度38分8.7秒 / 北緯43.280972度 東経140.635750度 / 43.280972; 140.635750
主祭神 大物主神八重事代主神保食神崇徳天皇
社格郷社
本殿の様式 神明造
例祭 7月10日
主な神事 天狗の火渡り
地図
琴平神社の位置(北海道内)
琴平神社
琴平神社
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琴平神社(ことひらじんじゃ、こんぴらじんじゃ)は、北海道古平町新地町にある神社

例祭の神輿還御の際に行う、みそぎの火渡りの神事が有名である[1]

歴史

1865年(慶応元年)5月、箱館奉行へ神社創建を願い出て、丸山山麓に社地の割譲を受ける[2]

1867年(慶応3年)5月、丸山山麓に仮社殿を建て、1871年(明治4年)7月、入母屋造の拝殿を造営した[2]

1875年(明治8年)3月、郷社に列せられる[3]

1908年(明治41年)10月、神饌幣帛料供進神社に指定される[4]

1910年(明治43年)8月27日、沖村の恵比須神社・歌棄村の稲荷神社・沢江村の恵比須神社を合祀する[5]。さらに翌1911年(明治44年)9月25日には群来村の恵比須神社を、11月1日には港町の恵比須神社・入船町の恵比須神社を合祀した[5]

1949年(昭和24年)5月10日の大火により、神殿・拝殿・社務所などが類焼する[6]1951年(昭和26年)10月、本殿と仮社務所を新築する[6]

1960年(昭和35年)、古平・美国間道路改良工事の中心線が本殿の位置に当たったため、丘陵地に遷座することになった[6]

庚申塚
琴平神社参道脇には、4基の庚申塚が並んでいるが、これらはすべて当初の位置から移設されてきたものである[7]
そのうち右の3基は、神社がまだ現在の丸山トンネル入口にあったころ、拝殿脇の群来村山道の登り口付近に置かれていた[7]
左端の1基は、1967年(昭和42年)に群来村神社付近の道路脇から移設された[8]
忠魂碑
1906年(明治39年)、日露戦争で命を落とした8名の霊を祀るため、古平報国会によって琴平神社の境内に建てられた[9]
神社が移転する際に、この碑も併せて移設された[10]
吉田一穂詩碑(鎮魂歌碑)
1965年(昭和40年)8月27日建立[11]
古平出身の戦没者が祀られている忠魂碑の前に、吉田一穂靖国神社に捧げた鎮魂歌を刻んだ碑を建てようという発案が、古平小学校同窓会から出たことがあった[11]
これを受けて、鎮魂歌碑建設期成会が結成され、古平町民からの寄進によって完成した[11]

神輿渡御行列

琴平神社の祭礼行事である神輿渡御行列では、「天狗」と通称される猿田彦の面をつけた人物が先導役を務める[12]。神格化の対象となる猿田彦役の者は、かつて祭典の1か月前からの禁酒や1週間にわたる神社への参籠を求められたと言われ、21世紀現在でもひとたび面を着用すると一切話をしてはならないという、厳格なおきてが守られている[12]

神輿の還御の前には、御神火入りおみどいりと呼ばれる火渡りの神事が執り行われる[12]。会場に着いた猿田彦は、装束と一本足駄の鼻緒に霧吹きをして湿らせるなどの準備を整えたのち、後方の神輿に異常はないか「御霊改みたまあらため」を行う[12]。猿田彦が元の位置に戻ったところで、篝火が灯される[12]。警塩係と大麻係(または大幣係)が炎を祓い清め、獅子舞が祓いの舞を終えると、猿田彦が篝火の前に進み出て卍を切る[12]。そして猿田彦は、前後3回、炎の中を超えていき、それから大榊、獅子舞、神輿が火の中を進んでいく[12]

この火渡り神事がいつごろ始まったのかは、かつての大火で書類等が消失しているため、正確なことは不明である[12]。しかし『古平町史』第1巻には、「明治13年(1880年)、氏子の寄付により神輿を新調し、祭典の渡御に使用するようになった」と記載されているので、その年以降に始まったものと考えられる[12]

2025年(令和7年)6月18日、琴平神社祭典神輿渡御行列の名で、北海道の無形民俗文化財に指定された[12]

脚注

参考文献

外部リンク

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