及川佑
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オリンピック出場権獲得以前
大学在学中の就職活動において、スケート部を持つ企業からは選手待遇での誘いがなく、このまま無ければ大学でスケートを引退する予定だった。
しかし就職活動中、びっくりドンキーの一般社員としての役員面接の際、「トリノオリンピックに出場します」と想いを述べ、元体操選手だった庄司昭夫社長にその意気込みを買われ入社。
大学卒業後も競技生活を続行している。入社以来、監督もコーチもマネージャーもおらず、練習場や移動手段の手配から日常のスケジュール管理までを入社当時から現在まで全て1人で行っていたが、最近、所属会社がトレーニングコーチを雇ったことが自身のブログで明らかにした。
入社後の国内外での大会において成績がどんどん上昇し、2005年12月下旬に自身初のオリンピック出場権であるトリノオリンピックスピードスケート・男子500m出場権を獲得した。
トリノオリンピック出場
トリノオリンピックスピードスケートの男子500mに出場し、開催前からメダル候補として注目を浴びていた清水宏保や加藤条治を押さえて、一時は暫定1位になったが、後から出場した外国人選手らに記録を更新されてしまい惜しくもメダルは逃した。しかし、日本人選手の中で最高の4位入賞と健闘した。
トリノオリンピック入賞以降
及川はそれまで、北海道内のマスコミやNHKと一部の全国TVキー局と系列BSデジタル放送、一部全国紙などの一部の報道機関からしか注目されていなかったが、このトリノオリンピックでの健闘と入賞を機にマスコミ各社から一気に注目された。
入賞後のスポーツ新聞各紙では会社名を使用した“ダジャレ”タイトルが出来る程大きく飾り、同時に会社のイメージアップにも大きく貢献した。
民放東京キー局では、大会が終わった時間が日本時間で早朝にあたり、それまで清水と加藤しか注目していなかったこともあって、ほとんどの局では早朝から放送される朝の情報番組の中で及川の詳細なプロフィールを放送することができなかった。東京キー局で唯一日本テレビのみが系列BSデジタル放送局のBS日テレを通じて及川を“無名選手”時代から追跡取材し、同局の「SpoMaga」内で特集として過去数回放送もされていたことから、五輪選手に選ばれる前から及川に関する映像素材を持っていた。このため同局の「ズームイン!!SUPER」が最も速くプロフィール映像を放送し、他局に差をつける形となった。日本テレビ以外の関東キー局は同日午後以降の報道番組等でようやく出せた結果となった。
また、荻原次晴も自ら司会をしているBS日テレで放送の「SpoMaga」において“無名選手”時代からの及川の存在を知っていた荻原が大会終了直後に放送した「ズームイン!!SUPER(日本テレビ系列)」でトリノからの生中継の際、「失礼だけど、こんなに強かったけ~っ?」と、ものすごい驚いたリアクションで荻原にインタビューをされた程(この発言後、東京のスタジオから原稿を読んでいたトリノオリンピックコーナーキャスターの中西哲生の横にいた番組メインキャスターの羽鳥慎一(日本テレビアナウンサー)に「失礼ですよ~・・」と突っ込みを入れられていた)。
2007年のW杯男子500メートルにおいて、34秒42の自己ベストで優勝を果たした。選手団の主将も務めた2007年アジア冬季競技大会(中国、長春)では100m金メダル、500m銅メダルを獲得した。
2009年12月11日のソルトレークシティーでのW杯500メートルで2位に入り加藤条治の持っていた日本記録を更新した(0秒03更新、34秒27)。現在の日本記録は加藤が2013年に記録した34秒21である。
- 自己ベスト
- 500m:34秒27(2009年12月11日、ソルトレークシティー)
- 1000m:1分09秒54(2012年1月29日、カルガリー)
- 1500m:1分53秒64(2007年8月10日、カルガリー)