友光恒 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 1911年9月24日出生地 日本 埼玉県北足立郡上尾町(現埼玉県上尾市)没年月日 (1994-11-25) 1994年11月25日(83歳没)出身校 日本大学専門部法科 日本の政治家友光恒ともみつ つね生年月日 1911年9月24日出生地 日本 埼玉県北足立郡上尾町(現埼玉県上尾市)没年月日 (1994-11-25) 1994年11月25日(83歳没)出身校 日本大学専門部法科前職 上尾町職員 上尾市長当選回数 4回在任期間 1972年2月18日 - 1988年2月17日 上尾市議会議員テンプレートを表示 友光 恒(ともみつ つね、1911年(明治44年)9月24日[1] - 1994年(平成6年)11月25日[1])は、昭和時代の政治家。埼玉県上尾市長。位階は従五位。勲四等旭日小綬章。 埼玉県北足立郡上尾町(現上尾市)出身[1]。日本大学専門部法科を卒業後上尾町役場に入職する[1]。上尾市議会議員を経て、1968年(昭和43年)同市助役となり、1972年(昭和47年)2月上尾駅東口の再開発(アリコベール)を公約に掲げて[2]市長に当選し4期務めた[1]。上尾市長選挙で北上尾駅開業の是非をめぐり、駅建設見直し派である荒井松司と争い[3]1988年(昭和63年)2月、落選した[1][4]。1994年死去。死没日付をもって正七位から従五位に進階し、勲四等旭日小綬章を追贈された[5]。 著作 『ふるさと上尾とわたしの人生に乾杯』御園書房、1990年。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 日外アソシエーツ 1999, 306頁. ↑ “【まちづくり】上尾の玄関口づくりとジャスコが作った「百貨店」-上尾駅東口再開発”. 任意団体ダイロクマチノテ (2017年6月25日). 2021年11月15日閲覧。 ↑ “【まちづくり】難題続きの駅建設とその街のいま-「北上尾」をめぐる謎:第2回”. 任意団体ダイロクマチノテ (2017年6月22日). 2021年11月10日閲覧。 ↑ “上尾市長に荒井氏 現職・友光氏に1万5千票の大差 保守市政奪還 革新市長2市に減る”. 埼玉新聞 (埼玉新聞社): p. 1. (1988年2月9日) ↑ 平成7年 1995年1月10日付 官報 本紙 第1559号 10頁 参考文献 『現代政治家人名事典』日外アソシエーツ、1999年。ISBN 481691529X。 関連項目 革新自治体 表話編歴 埼玉県上尾市長 下里金太郎1955.2.13-1963.2.12 斎藤一布1963.2.13-1968.1.2 下里光徳(金太郎)1968.2.18-1972.2.17 友光恒1972.2.18-1988.2.17 荒井松司1988.2.18-1996.2.17 新井弘治1996.2.18-2008.2.17 島村穰2008.2.18-2017.11.8 畠山稔2017.12.17- カテゴリ Related Articles