友近晋

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友近 晋(ともちか すすむ、1903年4月11日 - 1964年12月9日[1])は、日本の機械工学物理学者理学博士東京帝国大学)。京都大学理学部部長および大阪帝国大学理学部元教授。日本物理学会第14代会長[2]日本学術会議会員(1期)。国際理論応用力学連合日本代表。流体力学航空物理学の第一人者の一人。

専門は、流体力学流体機械航空物理学

愛媛県松山市生まれ。1926年東京帝国大学理学部物理学科卒業(指導教授は、理論物理学者の第一人者の一人で東京帝国大学航空研究所所長を務めた寺沢寛一)。同大学助手を経て、1929年同大学理学部助教授。1932年理学博士(東京帝国大学)。同大学航空研究所所員も務める。1933年大阪帝国大学理学部助教授。1934年イギリス留学。1936年同大学理学部教授。1942年より東京帝国大学航空研究所員兼務(同僚として、流体工学航空工学の第一人者の一人である谷一郎がいる)。1943年京都帝国大学理学部物理学科教授(航空物理学講座:京大流体研の誕生)[3]となり、同大学防災研究所員も務める。1958年京都大学理学部部長・評議員。京都大学退官後、1964年12月9日に肝臓癌のため京都大学医学部附属病院で死去[4]

東京帝国大学・京都帝国大学(京都大学含む)・大阪帝国大学理学部で30年以上の長きに渡り教鞭を執り、流体力学・航空物理学の研究育成に貢献した。特に京都帝国大学理学部では航空物理学講座を立ち上げ、初期の京大流体研の礎を築いた。東京帝国大学航空研究所にも属し、航空物理学と航空工学(機械工学)の融合教育・研究も推進した。

主な所属学会は、日本物理学会、国際理論応用力学連合、日本流体力学会日本機械学会日本航空学会可視化情報学会

主な著書

主な研究

脚注

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