古在由重
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東京帝国大学総長を務めた農芸化学者・古在由直と、作家・清水紫琴の次男として東京府(現・東京都)に生まれる。兄・由正は東洋史学者・幣原坦の次女・澄江と結婚している。千葉大学学長を務めた農芸化学者・古在豊樹は由重の息子であり、国立天文台初代台長を務めた天文学者・古在由秀は由重の甥(由正・澄江夫妻の長男)にあたる。
旧制第一高等学校、東京帝国大学文学部哲学科卒業。1932年、戸坂潤らと唯物論研究会を設立し、1933年および1938年の二度、治安維持法違反で検挙される。出獄後は上智大学でカトリック文献の翻訳や、四王天延孝の回教協会に勤務して、戦時下を過ごした。
戦後は民主主義科学者協会哲学部門の中心メンバーとなり原水爆禁止運動や平和運動にも参加したが、1984年の原水協の分裂にともない、共産党を批判するグループの吉田嘉清事務局長らを支援したとして、共産党から除籍された。
1959年から1965年にかけて名古屋大学教授を務めた。『古在由重著作集』全6巻を出版するほか、結婚後に執筆を禁じられた母・紫琴の全集を編纂した。
死去に際して、共産党が除籍した経緯から、日本共産党機関紙「赤旗」は報道を行わなかった。
古在が主宰した「古在ゼミ」と呼ばれる哲学研究会を主宰し、多くの平和運動につながっていった。