古屋野橘衛
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1878年1月1日、都窪郡豊洲村[2]に槙尾利八の二男として生まれる。その後、古屋野家を継ぐ[2]。旧制同志社中学、旧制第三高等学校を経て[2]、京都帝国大学法学部へ進学[2]する。
京都帝大卒業後は貿易業へ就き[2]、その後アメリカへ渡る[2]。17年間滞在し、1922年に帰国[2]する。
1923年、万寿村長となり[2]、その後、岡山県議会議員に3回当選[2]する。1927年、倉敷市制実現のため、倉敷町・万寿村・大高村の3町村合併に尽力[2]した。
合併後の、1928年、倉敷市議会議員となり[2]、その後、市議会議長となる[2]。
1937年から1947年まで、倉敷市長を務め[2]、公職追放を受けた[3]。
追放解除後の1957年4月10日死去。享年80。