古市六三
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東京で工学者・古市公威の長男として生まれた[1][3]。父の死去に伴い、1934年(昭和9年)3月1日、男爵を襲爵した[1][3][4]。
1910年(明治43年)7月、東京帝国大学工科大学採鉱及冶金学科を卒業[2][3][5][6]。同年、住友総本店に入社[5]。以後、別子鉱業所採鉱課主任、住友合資技師長、住友本社技師長、住友鉱業取締役、昭和鉱業取締役、帝国鉱業開発副社長、同社長、東北亜鉛鉱業社長、藤田組会長、日本鉱業会会長などを務めた[2][3][5]。
1942年(昭和17年)1月17日、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し[7]、公正会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]。その他、石炭生産能力調査委員会委員、鉄道省委員、運輸通信省委員を務めた[2]。
また、日本の漕艇(ボート競技)の先駆者の一人で、日本漕艇協会(のちの日本ローイング協会)の会長を務めた[5]。 1959年(昭和34年)10月26日、昭和天皇・香淳皇后が第14回国民体育大会ボート競技会場(戸田漕艇場)に行幸啓。古市は天皇・皇后にボート競技の解説を行った[8]。
