古見 (竹富町)
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歴史
「古見」の地名は西表島の古称である「古見島」に由来し、島西部の祖納と共に早くから集落が開けていた。14世紀後半には琉球王国が八重山列島における前線拠点を置いた場所とされ、15世紀頃には八重山の中心地として繁栄した。古見や由布島では主に竹富島からの出作で水稲栽培が行われていたが、1771年に発生した八重山地震の津波(明和の大津波)で壊滅的被害を受けたと考えられている。
明治から昭和初期にかけて古見や北部の美原、由布において竹富島や黒島出身者を中心に入植が再開され、現在まで水稲栽培や畜産が行われている。
由布島では1969年に台風で集落が壊滅状態となり廃村を余儀なくされ、住民は1971年までにほぼ全員が対岸の美原へ移住した。1972年より由布島の旧島民であった西表正治夫妻が島へ戻り、9年を費やして1981年に由布島植物園を開園。現在は島へ渡る水牛車と共に観光名所となっている。
伝統行事として秘祭アカマタ・クロマタ・シロマタが伝わっている。

