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台湾鉄道会社

日本統治下の台湾で縦貫鉄道を建設するために設立されたが、頓挫した企業 From Wikipedia, the free encyclopedia

台湾鉄道会社(たいわんてつどうかいしゃ)は、台湾における鉄道建設のため1896年創立された会社[1][注釈 1]。実際に鉄道建設をすることなく、1899年に解散した[1]。

概要

台湾の鉄道の嚆矢は、清国時代の1887年に殖産興業を目的として着工された、基隆~台北間の工事にある。この鉄道は1891年に開通し、1893年には台北~新竹間が開通していた[1]。1895年(明治28年)、日清戦争の結果により日本が台湾を領有し、鉄道を含む台湾の行政権を日本が握ることになった[1]。台湾総督府は戦災で不通となっていた鉄道を復旧し、さらに路線改良工事に手を付け始めた[2]。

1896年5月5日、台湾鉄道会社を興して台湾に鉄道敷設をはかるため、東京の実業家、政治家ら250余名が拓殖務省に資本金1500万円の台湾鉄道会社設立を出願した[3]。発起人には公爵近衛篤麿、子爵岡部長職、男爵安場保和、実業家の今村清之助、原六郎、大倉喜八郎、渋沢栄一らが名を連ねた[3]。9月15日には帝国ホテルで総会を開き、定款・工事目論見書等を議定し、岡部長職ら24人の創立委員を決定した[3]。10月27日に設立認可を受けた[3]。

会社は1897年には縦貫鉄道の測量に着手した[1]。しかし日清戦後の不況により金融がひっ迫し、株式募集が滞り、1899年10月25日の創立発起人総会にて会社解散が決議された[4]。この年交付の官制により、台湾の鉄道は全て官営となり、台湾総督府に鉄道部が発足した[2][5]。

脚注

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