史上最大のヒモ 濡れた砂丘
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スタッフ
キャスト
製作
東映ニューポルノ(通称:500万ポルノ)とは、下番線といわれた全国の地方館の要求する、客足が落ちたときの安全パイとして製作された低予算ポルノである[6][10]。「仁義なき戦いシリーズ」などのヒット作のロングラン態勢確立のためや、春休みや夏休みに展開した「東映まんがまつり」や「特撮大会」を早く切り上げて大人向け番組を欲しがる地方館のために作られた中編映画[3][6]。東映は1974年12月7日から12月27日まで『脱獄広島殺人囚』/『女必殺拳 危機一発』を、同年12月28日から1975年1月14日まで『新仁義なき戦い』/『直撃地獄拳 大逆転』を上映しているため、劇場により、これら二本立てに加えられたものと見られる。
脚本
脚本・深尾道典は「孤独な人間が極めて好色になる面を丹念にたどった」と述べている[6][11][12]。深尾の映画デビュー作『女医の愛欲日記』に続く、監督第二作になる予定だったが[9]、難解な内容に東映首脳が激怒し[9]、監督は依田智臣に交代させられたといわれる[9]。
キャスティング&撮影
川谷拓三は東映から「映画用の衣装を用意しろ」と言われ、2万円を支給されたが、主演なのにギャラも同額の2万円[1]。大部屋俳優は虫ケラ同然の扱い[1]。大部屋俳優で上着を何着も持っている者はおらず、一シーズンを同じ上着で通すのが普通だった[1]。川谷はイトーヨーカ堂で服を物色したが、貧乏人が考えることはいかに安い買い物をして、浮かした金で酒を飲むことである[1]。
女子行員の横領犯「北野明子」役の小島恵子は、川谷同様、東映育ちで期待のスター候補時代を経て脇に回っていたが、本作で体を張って主役の座を手に入れたとされる[3]。本作が最初で最後の主演作で、まもなく女優を引退し、郷里の金沢に戻り、当地でロケが行われた潤ますみ主演、牧口雄二監督の『玉割り人ゆき 西の廓夕月楼』ではノンクレジットで方言指導を担当したという[3]。