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史上最大のヒモ 濡れた砂丘

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『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』(しじょうさいだいのひも ぬれたさきゅう)は、1974年12月21日に公開された日本映画[1][2][3]。R18[4][5]。企業内で作るギリギリの最低予算500万円で製作された東映ニューポルノ(通称:500万ポルノ)の一作[1][2][3][6][7]。川谷拓三の初主演映画[3][5][6][8]。監督依田智臣、脚本深尾道典[1][9]。

監督 依田智臣
出演者 川谷拓三
音楽 松原曾平
概要 史上最大のヒモ 濡れた砂丘, 監督 ...
史上最大のヒモ 濡れた砂丘
監督 依田智臣
脚本 深尾道典
出演者 川谷拓三
音楽 松原曾平
撮影 萩屋信
編集 河合勝巳
制作会社 東映京都撮影所
製作会社 東映
公開 日本の旗 1974年12月21日
上映時間 53分
製作国 日本の旗 日本
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滋賀銀行9億円横領事件を題材にした実録ポルノ映画[1][3][4][5][6]。川谷拓三は女子行員のヒモになるタクシー運転手役[1][4][5]。

スタッフ

キャスト

  • 秋田章二:川谷拓三
  • 松村:西田良
  • 北野明子:小島恵子
  • 靖子:泉ユリ
  • 一二三:藤ひろ子
  • 佐藤:土橋勇
  • 社長:那須伸太朗
  • 経理課長:疋田泰盛
  • 刑事:宮城幸生
  • 枝川真一:奈辺悟
  • ジプシー原田:ジャネット・ジュリアン
  • ストリッパー:紅みどり

製作

東映ニューポルノ(通称:500万ポルノ)とは、下番線といわれた全国の地方館の要求する、客足が落ちたときの安全パイとして製作された低予算ポルノである[6][10]。「仁義なき戦いシリーズ」などのヒット作のロングラン態勢確立のためや、春休みや夏休みに展開した「東映まんがまつり」や「特撮大会」を早く切り上げて大人向け番組を欲しがる地方館のために作られた中編映画[3][6]。東映は1974年12月7日から12月27日まで『脱獄広島殺人囚』/『女必殺拳 危機一発』を、同年12月28日から1975年1月14日まで『新仁義なき戦い』/『直撃地獄拳 大逆転』を上映しているため、劇場により、これら二本立てに加えられたものと見られる。

脚本

脚本・深尾道典は「孤独な人間が極めて好色になる面を丹念にたどった」と述べている[6][11][12]。深尾の映画デビュー作『女医の愛欲日記』に続く、監督第二作になる予定だったが[9]、難解な内容に東映首脳が激怒し[9]、監督は依田智臣に交代させられたといわれる[9]。

キャスティング&撮影

川谷拓三は東映から「映画用の衣装を用意しろ」と言われ、2万円を支給されたが、主演なのにギャラも同額の2万円[1]。大部屋俳優は虫ケラ同然の扱い[1]。大部屋俳優で上着を何着も持っている者はおらず、一シーズンを同じ上着で通すのが普通だった[1]。川谷はイトーヨーカ堂で服を物色したが、貧乏人が考えることはいかに安い買い物をして、浮かした金で酒を飲むことである[1]。

女子行員の横領犯「北野明子」役の小島恵子は、川谷同様、東映育ちで期待のスター候補時代を経て脇に回っていたが、本作で体を張って主役の座を手に入れたとされる[3]。本作が最初で最後の主演作で、まもなく女優を引退し、郷里の金沢に戻り、当地でロケが行われた潤ますみ主演、牧口雄二監督の『玉割り人ゆき 西の廓夕月楼』ではノンクレジットで方言指導を担当したという[3]。

エピソード

映画の完成後、映倫からの通達で「映画の社会的道徳的な影響を考慮して、不都合なシーンをカットするかどうか」を検討する試写会が行われた[1]。川谷はその試写会に「どうせこんな小さな子には何観ても分からへん」と当時5歳だった長男貴(仁科貴)を連れて行った。ところが川谷のベッドシーンになると貴が「あーあ」と溜め息をつき、ベッドシーンが多くなると溜め息も次第に大きくなり、難しい顔をして観ていた映倫の審査員たちもクスクス笑いだし、川谷は主演俳優としてとても気まずい思いをしたという[1][5]。

脚注

外部リンク

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