司太夫
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幼少の頃から日本舞踊、茶道、華道、箏等を習い、中学卒業後、祇園甲部の屋形(置屋)「西村」に入り修業の後、16歳で舞妓になる。
年季が明けた後、嶋原の屋形でお茶屋である『輪違屋』の当主に「太夫の一人が辞めてしまう、太夫になってみないか」と声をかけられた、と語っている。23歳で太夫となり『司太夫』と名乗る。としているが、正式に輪違屋に所属していた太夫ではない。
以前は本業の傍らテレビ、ラジオ、講演会などに出演。2001年には新聞『こったい』(嶋原では太夫のことをこう呼んでいる)を創刊し、当初は一部の読者に配られていたが口コミにより全国に広まった(現在は休止)。
同年12月に嶋原の年中行事で12年間途絶えていた『餅つき』を再興させたが、開催地は嶋原内ではなく、木屋町のホテルであり、輪違屋所属の太夫は出席しない。
2009年10月、自身の店「こったいの店 司」を開く(現在は閉店)。
2014年の公開映画「舞妓はレディ」に京言葉・所作指導で参加。
2015年、輪違屋より独立し輪違屋の斜向かいにあるアパートの自室で屋形「末廣屋」の女将をもつとめる。しかし、末廣家は京都府の鑑識(お茶屋営業許可)を受けておらず、また、本人を始め、娘の葵太夫や禿も輪違屋の宴席に呼ばれることは現在では一切ない。
自身が復活させた八朔では、輪違屋の門扉は閉ざされ、インターフォンにも応答がなかった。このことから、輪違屋との関係は決して良好でないのでは、と見られている。
文献等
- リクルートワークス編集部『おもてなしの源流 日本の伝統にサービスの本質を探る』英治出版、2007年12月25日、ISBN 4862760333 (第3講「花街」にインタビュー掲載)
- 連載「司の花街物語」(朝日新聞週刊情報紙「あいあいAI京都」2005年4月6日号~2007年3月28日号に掲載)
そのほか雑誌・タウン誌等の連載・記事。