チルーは琉球語で鶴のこと。「吉屋」という置屋の遊女だった。古くはただ「よしや」とだけ表記されていたとの指摘もある[1]。吉屋チルーの伝記である平敷屋朝敏『苔の下』には「遊女よしや君」とある。
貧しい農民の娘として生まれ、わずか8歳にして那覇の仲島遊郭へ遊女として売られた。
伝承では、よしやは遊郭の客だった「仲里の按司」と恋に落ちたが、黒雲殿と呼ばれる金持ちに身請けされたために添い遂げられず(または仲里の按司とは身分が違うために一緒になれなかったとする伝承もある)、悲嘆にくれたよしやは食を絶ち、18歳で亡くなったという。