吉岡生夫
From Wikipedia, the free encyclopedia
川西市立川西中学校、兵庫県立伊丹高等学校、龍谷大学文学部仏教学科を卒業。大学在学中の1970年に「短歌人」入会。大学卒業後、川西市役所入庁。1975年、藤原龍一郎や小池光らと同人誌「十弦」を創刊。1993年、香川ヒサや坪内稔典らと同人誌「鱧と水仙」を創刊[1]。2002年度半どんの会文化賞受賞[2]。1987年から1995年まで「短歌人」編集委員。
近世狂歌を現代の口語短歌の源流として位置づける独自の短歌史理論[3]を展開し、「文語体」と「口語短歌」に替えて「古典語短歌」と「現代語短歌」という呼称[4]を提唱している。歌集のタイトルは全て『草食獣』で統一しており、これは小池光の命名[5]による。いわゆる「草食系男子」という言葉が作り出されるよりも20年以上先んじていた。
所論
三十一文字の起点は明治ではない。万葉の長歌に対する短歌、勅撰の漢詩文集の時代を経て漢詩に対する和歌と名称も変化する。その和歌は短歌の全てをカバ-しなかった。狂歌の誕生である。これに日本語の歴史を重ねると古代語を一歩も出なかった和歌に対して近代語を導入した狂歌、ここにこそ現代の古典語短歌と現代語短歌の分岐点を見るのだ。なお、これと関連して第七歌集まで使っていた歴史的仮名遣いだが、第八歌集より現代仮名遣いに改めた。(『軌跡~吉岡生夫短歌論集~』に「五句三十一音詩論」七編および「仮名遣い論」二編がある)