吉川 春寿(よしかわ はるひさ、1909年1月25日[1] - 1981年11月25日[2])は、日本の医学者、栄養学者。当時の基礎医学の権威であった[3]。
神奈川県生まれ[1]。1931年東京大学医学部卒[1]、1939年医学博士[1]。1945年東京大学医学部講師[4]、1945年助教授[1]、1952年同教授[1]。1965 - 67年同医学部長[1]。1969年定年退職[1]、名誉教授[1]、女子栄養大学教授[1]。
1982年から2012年まで、アジア諸国における医療・保健衛生および教育の事業の振興に寄与する事業への助成を目的とした吉川春壽記念基金が存在した[3]。