吉川榮治
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1999年(平成11年)3月23日に発生した能登半島沖不審船事件では海上自衛隊創設以来初となる海上警備行動が発令され、第3護衛隊群司令として現場の指揮を執った。その後、練習艦隊司令官、大湊地方総監、横須賀地方総監などの要職を歴任し、第28代海上幕僚長に就任。
海幕長在任中、イージス艦情報漏洩事件、護衛艦「しらね」火災事故、イージス艦衝突事故などの不祥事が発生、三事案すべてに責任があったとして2008年(平成20年)3月21日付で懲戒処分を受け[2][3]、24日付で退官。海上幕僚長離任に際しては、栄誉礼を辞退し、石破茂防衛相や後任の赤星慶治を含む幹部が互いに帽子を振って別れる「帽振れ」のあいさつで吉川を見送った[4]。