吉野梅園
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臥龍梅
この梅園にある臥龍梅には、次のような言い伝えがある。
1192年(建久3年)、藤原信近という者が禁裏守護の任から退きこの地に居を構えた。その子の近里は神仏を篤く信仰し、孝行者として知られていたが、ある日、薪をとりに山に行った時に誤って右脛の骨を折り、足が不自由になった。
ある晩、近里の夢に翁が現れ、太宰府天満宮に祈願すれば怪我は癒えるとのお告げがあった。そこで近里は太宰府に詣で17日間参籠した。すると、満願の夜に貴顕の士(菅原道真)が現れ、梅の枝を授けるので、これを自分と思って祈願すれば怪我は平癒すると告げた。
翌朝、目覚めると、近里のそばには一枝の梅の花が置かれていた。近里がこれを持ち帰り土に挿すと、梅の樹は青々と育ち、その成長につれて近里の怪我も平癒した。幹が曲がりくねり、地を這うように茂った梅の樹は、その姿が地に臥した龍のようであることから、臥龍梅と呼ばれるようになった[2][3]。