名人A級勝抜戦
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前身は、1949年に開催された「名人A級総当り十番将棋(木村対オールA級戦)」である。これは、名人の木村義雄に対して、A級棋士10人が順に挑戦していく(A級棋士同士の対戦はない)という企画であった。 名人A級総当り十番将棋の好評に満足したブロック紙3社連合は、翌年から名人A級勝抜戦を開始した[1]。
ブロック紙3社連合は、朝刊に名人A級勝抜戦を掲載する一方、夕刊用の棋戦として1953年に順位戦B級棋士を対象とするB級選抜トーナメント戦を新設。さらに、1960年には産経新聞社主催の早指し王位決定戦に合流して、公式タイトル戦の王位戦を共同で主催することになった。名人A級勝抜戦とB級選抜トーナメント戦はともに王位戦に統合されて終了した。