名古屋劇場
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戦前の歴史

1934年(昭和9年)6月1日、高瀬兼次郎によって大須の新天地通に名古屋劇場が開館した[1]。吉本興業による実演の興行も多く[2]、吉本興業にとっての名古屋初の直営館とされることもある[3]。高瀬兼次郎は大須の七寺近くの歌舞伎座なども経営していた[4]。
戦後の歴史

1945年(昭和20年)3月の名古屋大空襲で焼失したが[5]、再建して1947年(昭和22年)7月17日に開館した[6][7]。1958年(昭和33年)6月10日には万松寺松竹劇場に改称した[8]。1961年(昭和36年)4月3日には万松寺松竹劇場から東宝名古屋劇場に改称した[9]。
1960年代の新天地通の東側には、南から万松寺日活、(婦人服のミユキを挟んで)名古屋劇場、大須大映、日活シネマの4映画館が並んでいた。1972年(昭和47年)6月18日の上映作品は『無宿人御子神の丈吉 影狩り』[10]。6月19日には火災で焼失した[11]。
閉館後
名古屋劇場の経営者だった高瀬泰昌は、1977年(昭和52年)に跡地にラジオセンター・アメ横共同ビル(後の第1アメ横ビル)を開館させた[7]。
- 第1アメ横ビル