名古屋市金山体育館
名古屋市中区にかつてあった体育館
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解説
金山体育館は、1950年(昭和25年)、第5回国民体育大会秋季大会のバスケットボールの試合会場となった。昭和天皇も体育館に行幸し、佐賀県対香川県の男子の試合、群馬県対長崎県の女子の試合は天覧試合となった[1]。1958年(昭和33年)から1964年(昭和39年)にかけて大相撲七月場所(名古屋場所)が開催されたことで知られる。
太平洋戦争(大東亜戦争・第二次世界大戦)当時に飛行機格納庫となっていた場所を転用したもので、冷房設備はなかった。元NHKアナウンサーで相撲評論家の杉山邦博の回想によると、「本場所開催の時の館内は蒸し風呂のような暑さで、通路に氷柱が立てられたり、酸素ボンベを使用して酸素をシューッと送るなどされていた」とのことで[2]、このため、金山体育館時代の大相撲名古屋場所は『南洋場所』『熱帯場所』とも言われていた[2]。
大相撲興行は1965年(昭和40年)から愛知県体育館に移転したことと、同市の人口が200万人に達したことを記念して「芸術文化の振興及び市民福祉の向上を図るため[3]」を目的として名古屋市民会館(Niterra日本特殊陶業市民会館)を新たに整備・新設することとなったため、金山体育館は取り壊された。