名和田政一
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横濱正金銀行での活動
横濱正金銀行に入行後、調査部(調査課)に所属し、国際金融や為替管理の研究に従事した。1930年代にはブラジルのリオデジャネイロ支店長を務めるなど、海外経験も豊富であった[1]。
1932年(昭和7年)には、当時の仏印の通貨制度を詳細に分析した『佛領印度支那貨幣史』を著しており、これは当時の日本における同地域研究の貴重な資料となった[2]。
秋丸機関
1939年(昭和14年)、陸軍省経理局内に設立された「陸軍省戦争経済研究班」(通称:秋丸機関、陸軍主計中佐・秋丸次朗が統括)に招集された。名和田は、東南アジア全域の経済力を調査する南方班の主査(リーダー)に任命された[3][1]。
南方班は、イギリスやオランダの植民地を含む南方地域の資源、産業、通貨制度を徹底的に調査し、日本が同地域を占領した場合の経済的影響や軍票の発行計画などを研究した。名和田の指導下で行われた研究は、後の南方作戦や軍政の基礎資料となった[1]。
仏印派遣と戦時中の活動
1940年(昭和15年)、松岡洋右外相の下で組織されたフランス領インドシナ派遣特派使節(特派大使は松岡洋右だが、実際には西園寺公毅など)の随員として、仏印現地での調査にあたった[1]。
著作
- 『佛領印度支那貨幣史』(横濱正金銀行頭取席調査課、1932年)[4]
- 『各國為替管理の解說』(横濱正金銀行調査課、1939年)
- 『各國為替管理及貿易制限』(横濱正金銀行調査課、1936年)
- 『南洋經濟地圖』(日本勧業銀行、1937年 - 編纂に関与)
- 『佛印の通貨及び金融』(東亜研究所、1943年 - 講演録)