吹田俊明
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 大阪府 |
| 生年月日 | 1937年6月9日(88歳) |
| 身長 体重 |
180 cm 78 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1956年 |
| 初出場 | 1957年 |
| 最終出場 | 1962年 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
大阪府立富田林高等学校時代の監督は元ゴールドスターの菊矢吉男であり、ピッチングの基礎を大いに学び府下ではその素質をかなり高く評価されていた。
1956年に近鉄パールスに入団。2年目から一軍に定着し5月30日の大阪球場での毎日オリオンズ戦(第1試合)では完投でプロ入り初勝利を挙げた。その後次の先発となった6月2日の阪急ブレーブス戦(第1試合)でも完投勝利を挙げている。重いストレートを武器としスライダー、カーブやドロップの切れもよく、当時小粒な選手そろいだったチームの中で大いに将来を期待された。
しかしこの年は37試合に登板したものの前記の2勝に終わり、1958年は29試合で1勝しかできず、監督が千葉茂に交代した1959年は0勝、1960年は一軍登板なくオフに戦力外となり、1961年は大阪鉄道管理局でプレーした。ここでの活躍を買われ1962年には国鉄スワローズでプロ野球へ復帰するが、わずか1試合の登板に留まり引退した。