1956年の野球
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競技結果
日本プロ野球
ペナントレース
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日本シリーズ
個人タイトル
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 選手 | 球団 | 成績 | 選手 | 球団 | 成績 |
| 最優秀選手 | 別所毅彦 | 巨人 | 中西太 | 西鉄 | ||
| 最優秀新人 | 秋山登 | 大洋 | 稲尾和久 | 西鉄 | ||
| 沢村栄治賞(セ) 最優秀投手(パ) | 金田正一 | 国鉄 | 島原幸雄 | 西鉄 | ||
| 首位打者 | 与那嶺要 | 巨人 | .338 | 豊田泰光 | 西鉄 | .325 |
| 最多本塁打 | 青田昇 | 大洋 | 25本 | 中西太 | 西鉄 | 29本 |
| 最多打点 | 宮本敏雄 | 巨人 | 69打点 | 中西太 | 西鉄 | 95打点 |
| 最多盗塁 | 吉田義男 | 大阪 | 50盗塁 | 河野旭輝 | 阪急 | 85盗塁 |
| 最多安打[1] | 川上哲治 | 巨人 | 160安打 | 佐々木信也 | 高橋 | 180安打 |
| 最高出塁率[1] | 与那嶺要 | 巨人 | .420 | 山内和弘 | 毎日 | .413 |
| 最優秀防御率 | 渡辺省三 | 大阪 | 1.45 | 稲尾和久 | 西鉄 | 1.06 |
| 最多勝利 | 別所毅彦 | 巨人 | 27勝 | 三浦方義 | 大映 | 29勝 |
| 最多奪三振[1] | 金田正一 | 国鉄 | 316奪三振 | 梶本隆夫 | 阪急 | 327奪三振 |
| 最高勝率 | 堀内庄 | 巨人 | .778 | 植村義信 | 毎日 | .792 |
ベストナイン
オールスターゲーム
→詳細は「1956年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
高校野球
- 第28回選抜高等学校野球大会優勝:中京商業(愛知県)
- 第38回全国高等学校野球選手権大会優勝:平安(京都府)
大学野球
- 第5回全日本大学野球選手権大会優勝:関西大
社会人野球
メジャーリーグ
→詳細は「1956年のメジャーリーグベースボール」を参照
- ワールドシリーズ
- ニューヨーク・ヤンキース(ア・リーグ) (4勝3敗) ブルックリン・ドジャース(ナ・リーグ)
できごと
1月
2月
3月
4月
5月
- 5月2日 - 阪神の選手兼監督の藤村富美男が甲子園球場での対大洋6回戦の八回裏に代打で出場し、プロ通算1500試合出場を達成[12]。
- 5月3日 - 国鉄スワローズの大脇照夫が中日球場での対中日戦ダブルヘッダー第2試合の9回戦に先発し、ノーヒットノーランを達成[13]。
- 5月6日 - 大洋の青田昇が川崎球場での対広島戦ダブルヘッダー第1試合の6回戦の8回裏に6号2点本塁打、第二試合の9回戦の第1打席から第3打席にかけて本塁打を放ち、プロ野球新記録の4打席連続本塁打を記録[14]。
- 5月9日 - 阪神の金田正泰が川崎球場での対大洋10回戦でプロ通算1500安打を達成[15]。
- 5月12日
- 5月19日 - 東映の米川泰夫が駒沢球場での対阪急5回戦に先発し、一回表にロベルト・バルボンから三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[18]。
- 5月20日 - 広島総合球場での広島対巨人ダブルヘッダーの第二試合が終了し、三塁ベンチに引き上げた巨人選手に対し三塁側のベンチの観客の一部が巨人の選手に対して物を投げつけ、ビール瓶が巨人の木戸美摸の右足に当たり負傷する[19]。
- 5月31日 -巨人の川上哲治が中日球場での対中日11回戦の8回表に中山俊丈から安打を放ち、プロ野球史上初の通算2000安打を達成[20][21]。
6月
- 6月2日 - 大映スターズの監督の藤本定義が大映本社に大映社長の永田雅一と球団代表の松浦晋に対し辞任を申し出る[22]。
- 6月5日 - 大映はコーチの松木謙治郎が監督代行となることを発表[23]。
- 6月17日 - 南海の木塚忠助が駒沢球場での対東映9回戦で二回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[24]。
- 6月20日 - 川崎球場での南海対高橋9回戦で南海が高橋に4-1で勝利し、球団創設1000勝を達成[25]。
- 6月24日 - 阪神の選手兼監督の藤村富美男が甲子園球場での対広島6回戦の9回裏二死満塁の場面で登場し、巨人の樋笠一夫に次いで2人目の代打逆転サヨナラ満塁本塁打となる4号本塁打を打ち、4-1で阪神の勝利[26]。
- 6月28日 - 甲府で行われた巨人対大洋18回戦は延長18回に及び延長18回裏巨人が南村侑広のサヨナラ適時打で8-7で勝利[27]。
7月
- 7月8日 - 第4回参議院議員通常選挙において白木義一郎が当選。日本プロ野球出身者として初の国会議員となる。
- 7月14日
- 西鉄の日比野武が大阪球場での対近鉄戦16回戦の三回表に安打を打ち、プロ通算1000安打を達成[28]。
- 【MLB】ボストン・レッドソックスのメル・パーネルがフェンウェイ・パークでの対シカゴ・ホワイトソックス戦に先発しノーヒットノーランを達成、スコアは4対0[29]。
- 7月15日 - 南海の飯田徳治が後楽園球場での対毎日11回戦に出場し、1000試合連続出場を達成[30]。
- 7月18日 - 南海の木塚忠助が大阪球場での対西鉄10回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[31]。
- 7月29日
8月
- 8月4日 - 巨人の岩本尭が川崎球場での対大洋19回戦の四回、五回、六回表と3イニング連続で3,4,5号本塁打を打つ[34]。
- 8月5日 - 第27回都市対抗野球大会の決勝戦が午後7時2分から後楽園球場で行われ、横浜市代表の日本石油が東京代表の熊谷組に3対2で勝利し、初優勝を達成[35]。
- 8月20日 - 全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が行われ、京都府の平安が岐阜県の岐阜商に3対2で勝利し、1948年(第33回)以来5年ぶり3度目の優勝を達成。
- 8月23日 - 中日の西沢道夫は川崎球場での対大洋ダブルヘッダー第2試合の16回戦の4回表に二塁打を放ちプロ通算1500安打を、また6回に5号本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成[36]。
9月
10月
- 10月6日 - 西鉄が後楽園球場での対阪急21回戦に7対1で勝利し、西鉄の2年ぶり2度目のパ・リーグ優勝が決定[43]。
- 10月7日 - セ・リーグは全日程を終了[44]。
- 10月8日 - 大毎オリオンズの山内和弘が日本新記録となるシーズン47二塁打を達成[45]
- 10月8日 - 【MLB】ワールドシリーズの第5戦(ヤンキー・スタジアム)、ニューヨーク・ヤンキース対ブルックリン・ドジャースにおいて、ヤンキースのドン・ラーセンがワールドシリーズ史上初の完全試合を記録、スコアは2対0[46]。
- 10月10日 - 【MLB】ワールドシリーズの第7戦がエベッツ・フィールドにおいて行われ、アメリカンリーグのニューヨーク・ヤンキースがナショナルリーグのブルックリン・ドジャースに9対0で勝利し、4勝3敗で3年ぶり17度目のワールドシリーズ優勝を達成[47]。
- 10月17日 - 日本シリーズの第6戦が後楽園球場で行われ、西鉄が巨人に5対1で勝利し、4勝2敗で球団創設以来初となる日本シリーズ優勝を達成[48]。
- 10月18日 - ブルックリン・ドジャースが午後3時半羽田空港着のパン・アメリカン航空機で日本到着[49]。
11月
12月
- 12月1日 - 阪急は午後1時半より大阪市北区梅田シルバーグリルにて藤本定義が監督に就任したと発表[51]。
- 12月3日 - 福岡県建築部は福岡市に対し同市が所有する平和台球場の設備を至急改善と、従わない場合は使用禁止とすると勧告[52]。
- 12月4日 - 大阪は代表の戸沢一隆が阪神電鉄本社にて監督の藤村冨美男の留任と、藤村の退陣を要求した選手のうち、金田正泰と真田重蔵と来季の契約を結ぶ意思がないと発表[53]。
- 12月12日 - プロ野球実行委員会が午前11時より東京会館にて行われ、毎年行われるアメリカ・メジャーリーグのチームの招待が多すぎるとして、来年度は中止し主催者の読売新聞社、毎日新聞社に対し1958年度以降は1年おきに招待するよう要望することを決定[54]。
- 12月29日 - パ・リーグは急死した総裁の猪子一到の後任に近鉄社長の佐伯勇が就任すると発表[55]。
- 12月30日 - 大阪は監督の藤村冨美男を巡って対立を続けていた球団側と選手側が大阪市梅田の阪神電鉄本社にて話会いを行い両者は歩み寄りして和解し、午後3時より球団代表、藤村監督、金田の3者が声明文を発表[56]。