呉元善
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経歴
日本統治時代の忠清北道陰城郡出身。1943年または1944年セブランス医学専門学校(現・延世大学校)卒。1961年または1962年岐阜医科大学で医学博士取得[4]。1949年にセブランス医科大学講師を務めたが、1950年の朝鮮戦争中に大韓民国軍に入隊した。1955年から仁川陸軍病院長、大韓民国海軍医務参謀、海軍本部医務次監、海軍軍医学校校長を経て、5・16軍事クーデターの後の1961年6月から現役の海軍大領として第3代原子力院(現・原子力安全委員会)院長を約2年間務めた[4][1]。1963年に海軍准将として予備役に編入され、同年に第6代総選挙に出馬した。その後は三・一文化賞審査委員、高等選考委員、行政改革委員会委員を経て、第11代保健社会部(現・保健福祉部)長官(1964年5月11日~1966年4月14日[5])を務めて、1967年の第7代総選挙に出馬して当選した。また、民主共和党忠清北道第7地区党委員長・中央常任委員を務めたほか、医学協会長、初代~第6代大韓口腔保健協会長[6]、ハンドボール協会長、延世大学校理事、韓国工業検査社長、ハンセン病協会会長も務めた[7][2][8][9]。
賞勲
人物
根気のある精力的な闘士であった[8]。