周蘇紅
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江蘇省蘇州出身。11歳の時、浙江省長興県少年体育学校に入学し、バレーボールを始めた。1999年に代表に初選出され、同年のワールドカップではリベロとして出場。その後はライトプレーヤーとして中国の中心選手へと成長。2003ワールドカップでは金メダルを獲得し、翌年のアテネ五輪でも頂点に輝いた。中国代表では高速コンビバレーと守備の中心であり、攻撃でもダブルブロードなどが得意である。
2007年にはセッターの馮坤が離脱したことから代表のキャプテンを務め、中国国際、モントルーバレーマスターズ、エリツィン杯で優勝した。2008年の北京オリンピックで銅メダルを獲得後は代表を離れるが、2010世界選手権で2年ぶりに代表に復帰。同年のアジア大会で金メダルを獲得後、再び代表を引退した。