和気能須神社
From Wikipedia, the free encyclopedia
位置
北緯36度12分24.5秒 東経133度18分26.3秒 / 北緯36.206806度 東経133.307306度座標: 北緯36度12分24.5秒 東経133度18分26.3秒 / 北緯36.206806度 東経133.307306度
主祭神
和気能須命[2]
| 和気能須神社 | |
|---|---|
|
鳥居 | |
| 所在地 | 島根県隠岐郡隠岐の島町下西1607[1] |
| 位置 | 北緯36度12分24.5秒 東経133度18分26.3秒 / 北緯36.206806度 東経133.307306度座標: 北緯36度12分24.5秒 東経133度18分26.3秒 / 北緯36.206806度 東経133.307306度 |
| 主祭神 | 和気能須命[2] |
| 社格等 | 式内小社、旧村社[3] |
| 本殿の様式 | 春日造変態[4] |
| 別名 | 松尾神社[2] |
| 例祭 | 3月17日[2] |
| 地図 | |
和気能須神社(わけのすじんじゃ)は、島根県隠岐郡隠岐の島町下西に所在する神社。式内社(小社)で、旧社格は村社。通称は松尾神社。
祭神
和気能須命(わけのすのみこと)
水若酢神社の水若酢命、玉若酢命神社の玉若酢命と関連する神と考えられ、神格は不詳だが人格神とする立場と自然神とする立場に大きく分けられる[8]。
- 人格神説
- この説は清水真三郎による『島根県史』に載せられた論考[9]に代表される[8][10]。清水は「水=瑞」と「玉」はそれぞれ美称であり、両若酢命に血縁関係を想定した[11]。そこで「1. 景行朝の皇族は諸国に分布して所謂「別」の分治が行はれたのである」[12]、「2. 景行第五皇子大酢別皇子は隠岐「別」として隠岐に分治せられたらしい」[13]、「3. 和気能須命神社は大酢別命を祭つたものであらう」[14]と論を進め、和気能須命神社を祖神とする水若酢命・玉若酢命は島後を二分して統治したのだと推測した[15]。すなわち当社祭神の和気能須命を大酢別皇子に比定する説である。
- 自然神説
- この説は志賀剛による『式内社の研究』[16]に代表される[8]。志賀は和気能須命を「和気能若酢命」の「若」が省略されたものとみなし、玉若酢命神社の摂社格にあたる神社であると考えた[17]。神格としては、当社の傍にある池の水を湧かせる神と推定した[17]。なお玉若酢命は玉若酢命神社の下西村の「地下水は島内一の清水である」ことから「玉水湧かす」の意味[18]、水若酢命は水若酢神社の旧社地である山田を流れる山田川と「若返りの水」を意味する「越知(おち)」の地名に注目してやはり清水を湧かせる「水ワカス命」であるとして[19]、玉若酢命神社と水若酢神社は対称的であるとしつつもこれら3社の祭神同士の直接の関係を考えなかった[20]。
