和泉市立横山小学校
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| 和泉市立横山小学校 | |
|---|---|
|
横山小学校(2025年4月) | |
北緯34度25分43秒 東経135度29分39秒 / 北緯34.42852度 東経135.49414度 | |
| 過去の名称 |
第13区分校 泉州39番小学 小野田小学 公立泉州小野田小学 横山小学校 横山尋常高等小学校 横山国民学校 横山村立小学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
|
| 併合学校 |
福瀬小学 坪井小学 |
| 設立年月日 | 1872年5月10日 |
| 閉校年月日 | 2025年3月31日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | B127210007654 |
| 所在地 | 〒594-1122 |
| 外部リンク | 公式サイト |
沿革
略歴
明治維新後、日本では近代的な教育制度が導入され、各地に小学校が設立された。堺県では、村々を単位として学区が編成され、それぞれの学区に郷学校本校とその出張所(分校)が設置された。
横山谷の村々は春木川村、久井村、若樫村とともに第十三区[注釈 1]に属し、小野田村、父鬼村、内畑村、春木川村には郷学校分校が設置された。横山小学校の前身となる分校は、小野田村の大安寺に設置された[4][5]。
小中一貫校への再編
地域における人口減少とそれに伴う児童数の減少を背景に、学校の数や配置を見直す取り組みが検討され、その一環として施設一体型小中一貫校の導入が進められた[1]。これにより、和泉市立南横山小学校および和泉市立槇尾中学校と統合されることとなり、2025年3月をもって閉校、創立から152年にわたる歴史に幕を下ろした。なお、児童は新設される和泉市立槇尾学園に通学することとなった。
跡地利用
閉校後の校舎や体育館は解体される方針となっており、災害時には新設された槇尾学園が指定避難所として機能する。跡地の活用については、民間による施設利用を含め、地域活性化に資する形が理想とされ、民間活用の可能性を探る調査が計画された。和泉市では2024年10月から12月にかけて民間事業者から意見を募る「サウンディング型市場調査」を実施し、2025年2月にその結果を公表した。今後はこの調査結果を踏まえ、利活用の方針や公募条件の整理・検討が進められる予定である[6][7]。
年表
- 1872年(明治05年)05月10日 - 第13区分校として小野田村平安寺に開校。
- 1873年(明治06年)04月 - 泉州39番小学と改称。
- 1874年(明治07年)07月 - 小野田小学と改称。
- 1875年(明治08年)05月30日 - 公立泉州小野田小学と改称。
- 1875年(明治08年)12月 - 福瀬小学を併合。
- 1877年(明治10年)09月 - 北田中村に移転し、横山小学と改称。
- 1882年(明治15年)08月 - 横山小学校と改称。
- 1882年(明治15年)12月 - 坪井小学を併合。
- 1884年(明治17年)05月 - 坪井村に分教場を設置。
- 1887年(明治20年) - 横山尋常小学と改称[8]。
- 1889年(明治22年)04月 - 横山尋常高等小学校と改称。
- 1941年(昭和16年)04月01日 - 横山国民学校と改称。
- 1947年(昭和22年)04月01日 - 横山村立小学校と改称。
- 1956年(昭和31年)09月01日 - 町村合併により和泉市が発足し、和泉市立横山小学校と改称。
- 2025年(令和07年)03月31日 - 閉校[9]。
- 2025年(令和07年)04月01日 - 和泉市立槇尾学園が開校。
- ※出典が個別に示されていない記述は、学校公式サイト内の「沿革」ページに基づく[10]。
教育方針
教育目標
- 主体的な子どもを育てる ~豊かなつながりを育む~
めざす子ども像
- か・が・や・け(かんがえる子、がんばる子、やさしい子、けんこうな子)
