和田英道
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昭和19年(1944年)に熊本県で誕生[3][6]。昭和48年(1973年)3月に立教大学大学院文学研究科博士課程(日本文学)[3][6]。
昭和51年(1976年)から跡見学園女子大学講師、昭和54年(1979年)に同大学助教授、昭和59年(1984年)に教授となる[3]。日本中世文学、とくに軍記物を専門とした[3][1][4]。
跡見学園女子大学では平成2年(1990年)10月より平成6年(1993年)10月まで学長を務めた[3]。学長時代には留学制度の創設に注力し[3][4]、学長退任後の平成7年(1995年)3月に国際交流委員長として実現にこぎつけた[7]。平成9年(1997年)1月17日に肝硬変のため死去し[2]、大学葬が営まれた[3]。
妻は国文学者(平安後期文学)の和田律子(流通経済大学教授)[7]。息子に国文学者和田琢磨(早稲田大学文学学術院教授)[7]。