唄子・啓助のおもろい夫婦

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ジャンル トーク番組
プロデューサー 岩本武治
唄子・啓助のおもろい夫婦
ジャンル トーク番組
出演者 京唄子
鳳啓助
製作
プロデューサー 岩本武治
制作 フジテレビ
放送
映像形式モノクロ放送(1970年9月27日まで[1]) → カラー放送(1970年10月4日から[2]
音声形式モノラル放送
放送国・地域日本の旗 日本
1969年4月から1970年9月まで
放送期間1969年4月6日 - 1970年9月27日[1]
放送時間日曜 22:15 - 23:00
放送分45分
1970年10月から1971年9月まで
放送期間1970年10月4日[2] - 1971年9月26日
放送時間日曜 22:15 - 22:45
放送分30分
1971年10月から1983年9月まで
放送期間1971年10月3日 - 1983年9月25日
放送時間日曜 23:00 - 23:30
放送分30分
1983年10月から1984年3月まで
放送期間1983年10月8日 - 1984年3月31日
放送時間土曜 0:10 - 0:40(金曜深夜)
放送分30分
1984年4月から1985年3月まで
放送期間1984年4月4日 - 1985年3月27日
放送時間水曜 0:20 - 0:50(火曜深夜)
放送分30分
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唄子・啓助のおもろい夫婦』(うたこ・けいすけのおもろいふうふ)は、フジテレビ系列局で放送されていたフジテレビ制作のトーク番組である。制作局のフジテレビでは1969年4月6日から1985年3月27日まで放送。当初はモノクロ放送だったが、1970年10月4日からカラー放送となった[2]

視聴者参加型公開番組で、収録は東京都内のサテライトスタジオ山野ホールで行われていた。

番組は毎回2組の熟年夫婦を招き、司会の京唄子鳳啓助が彼らに馴れ初めから結婚に至るまでのエピソードや夫婦の悩み事などを面白おかしくインタビューしていた。苦労話に対しては、唄子が目から大粒の涙をこぼすこともしばしばあった。籍を入れたのが戦中・戦後であったなどの事情により、結婚式を挙げられなかった夫婦を多数招いての「合同結婚式」企画を行ったこともある。

出場夫婦には、トークの終了後にプレゼントがあった。一方の夫婦には、東亜国内航空(日本エアシステムを経て現・日本航空)で行く国内旅行を、もう一方の夫婦には、ナショナル(現・パナソニック)のホームビデオに本番組出演テープを添えて贈呈していた。

エンディングでは、農村の未舗装の道で夫が引く荷車の荷台に妻が乗り、赤ん坊に授乳するフィルム映像を流していた。そして啓助が作った以下の詩をテロップで流していた。

夫婦、不思議な縁(えにし)で結ばれし男と女。もつれ合い、化かし合い、許し合う、狐と狸。夫婦、おもろきかな、おもろきかな。この長き旅の道連れに幸せあれ…。

番組は1985年3月いっぱいで終了し、16年間の歴史に幕を降ろした。

放送時間

いずれも日本標準時

  • 日曜 22:15 - 23:00 (1969年4月6日 - 1970年9月)
  • 日曜 22:15 - 22:45 (1970年10月 - 1971年9月26日) - 22:45以降に『ミュージック・ギャラリー』が編成されたことで15分縮小。
  • 日曜 23:00 - 23:30 (1971年10月3日 - 1983年9月25日) - 地域限定スポンサードネット番組『阪急ドラマシリーズ』のスポンサードネット対象から外れた局では、関西テレビ製作のネットワークセールス番組『凡児の娘をよろしく』(木曜 22:00 - 22:30)とセットの形で木曜 22:30 - 23:00 にスポンサードネットしていた局が多かった。それらの局では日曜23:00 - 23:30枠がローカルセールス枠扱いとなり、この時間帯にフジテレビ系列の遅れネット番組や他系列の番組を放送していた。
  • 土曜 0:10 - 0:40 (金曜深夜、1983年10月8日 - 1984年3月31日)
  • 水曜 0:20 - 0:50 (火曜深夜、1984年4月4日 - 1985年3月27日)

ネット局

備考

脚注

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