唐人塚古墳
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| 唐人塚古墳 | |
|---|---|
|
石室開口部 | |
| 所在地 | 岡山県岡山市中区賞田(字茶臼山) |
| 位置 | 北緯34度41分51.65秒 東経133度57分34.83秒 / 北緯34.6976806度 東経133.9596750度座標: 北緯34度41分51.65秒 東経133度57分34.83秒 / 北緯34.6976806度 東経133.9596750度 |
| 形状 | 不明 |
| 埋葬施設 |
両袖式横穴式石室 (内部に家形石棺) |
| 築造時期 | 7世紀代 |
| 史跡 | なし |
| 地図 | |
唐人塚古墳(からうとづかこふん[1][2]/かろうどづかこふん[3])は、岡山県岡山市中区賞田にある古墳。史跡指定はされていない。
岡山県南部、旭川東岸の竜ノ口山山塊の南麓に築造された古墳である。2000年(平成12年)に測量調査が実施されている[4]。
墳丘は改変されており明らかでない[4]。北側ではコ字形の地形が認められ、築造前の整地痕の可能性がある[4]。埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、南南東方向に開口する。現存の石室全長8.8-8.9メートル程度ながら巨石が使用され、石材の平滑さが意識された整美な石室であり、玄室内には竜山石製の刳抜式家形石棺を据える。石室内の副葬品は詳らかでない。
築造時期は、古墳時代終末期の7世紀代(7世紀初頭または中葉頃[4])と推定される。岡山県内の後期古墳としては最も後出する段階とみられ、近接する賞田廃寺跡や備前国府・上道氏との関係を示唆する点でも注目される古墳になる[4]。
遺跡歴
埋葬施設


埋葬施設としては両袖式横穴式石室が構築されており、南南東方向に開口する。石室の規模は次の通り[4]。
- 石室全長:現存8.9メートル(右壁)・8.8メートル(左壁) - 一説には羨道部の石材抜取りから13.6メートルと復元される[1]。
- 玄室:長さ5.1メートル(右壁)・5.0メートル(左壁)、幅2.2メートル(奥壁)・2.9メートル(玄門側)
石室の石材には巨石が使用され、切石ではないものの石材の平滑さを意識した比較的整美な石室である。玄室は羨道側に開く平面形を呈する。玄室の側壁は2段積みで、羨道の側壁は1段積みであり、持ち送りは認められない。床面は0.1-0.2メートルほど埋没するとみられる。天井石は、玄室部では3枚、羨道部では1枚(元は2枚以上か)[4]。
玄室内には竜山石製の刳抜式家形石棺の棺身を据える。全体では長さ2.25メートル・幅1.20メートル、内法では長さ1.85メートル・幅0.80メートル・深さ0.56メートルを測る。石棺主軸は石室主軸からずれることから、後世に動かされたと推測される[4]。
- 玄室(奥壁方向)
- 玄室の家形石棺
- 玄室(開口部方向)
- 開口部
