一色昭孝
唐橋家18代。民部少輔、正五位上。子に娘(後陽成院菅内侍後候武家)、台徳院女中、菅内侍、一色在種、塩小路通規
From Wikipedia, the free encyclopedia
生涯
唐橋在通
永禄8年(1565年)1月17日、唐橋在名の二男として生まれた[2][4]。母は家女房[2]。
天正6年(1578年)4月16日、14歳のとき元服し、同日、正六位上に叙された[4][5]。同日、文章得業生となった[6]。
慶長16年(1611年)4月21日、48歳のとき、従五位下、同17年(1612年)1月5日、従五位上に叙される[4][6]。同月11日には民部少輔に任じられた[6][4]。
慶長20年(1615年)7月7日、死去(『大日本史料』所収「唐橋家譜」)[5](『日本古典全集』所収「諸家伝」では7月2日[4]、『大日本史料』所収「土御門泰重卿記」および「言緒卿記」では、7月3日となっている[2])。52歳[4]。
官歴
父親について
系譜
出典は『寛政重修諸家譜』による[1]
- 在村
- 女子 - 菅内侍
- 在種
- 女子
- 昭房
- 通規
- 女子