一帯から土器が出土しており、古代寺院があったと伝わるが跡は発見されていない。史料上の初見は慶長10年(1610年)の「摂津国絵図」であるが、善徳寺と誤記されている。村高は224石2斗4升4合。元和3年(1617年)の「摂津一国高御改帳」では善法寺とみえる。江戸時代を通して村の大半は直領の時期と大坂城代の時期が交互にあったが、一部は旗本平野氏の知行であった。
- 慶長10年(1610年) - 史料上の初見。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、久々知村、下坂部村、潮江村、次屋村、浜村、西川村、善法寺村、額田村、高田村、神崎村、長洲村、杭瀬村、梶ヶ島村、常光寺村、西長洲村、金楽寺村、今福村、大物村が合併して川辺郡小田村が発足。小田村大字善法寺となる。
- 1936年(昭和11年)4月1日 - 小田村が尼崎市と新設合併し、尼崎市(二代目)が発足。尼崎市大字善法寺となる。
- 1981年(昭和56年)11月1日 - 住居表示の実施に伴い善法寺は廃止となり、善法寺町を新設。一部が弥生ケ丘町となった。