嘉村平八
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1890年12月25日、佐賀市に生まれる。佐賀中学5年生の時、明治専門学校総裁を務めていた山川健次郎の講演に触発されて1909年に私立明治専門学校(現・九州工業大学)1期生として冶金科に入学する。
卒業後明治鉱業に入社、米国リーハイ大学留学を経て、1925年に母校の教壇に立つ。爾来36年間に亘って、明治専門学校、明治工業専門学校、九州工業大学の教育研究に大きな足跡を残した。その間、水素還元製法による超高純度鋼いわゆる嘉村鋼の発明により帝国発明協会表彰、鉄の磁気的性質に及ぼす燐の影響に就いての論文に対して日本鐵鋼協会表彰など鉄冶金界に名声を刻し、九州大学より工学博士の学位を授与される。
1953年から九州工業大学第2代学長として、大学運営に携わり、創立50周年記念事業を、文字通り粉骨砕身、東奔西走のうえ成功させ九州工業大学発展の大いなる礎を築いた。1961年に学長を勇退するにあたり、退官記念事業会が発起され、胸像の建立、嘉村記念賞の制定(我が国科学技術の振興に貢献した九州工業大学関係者を顕彰しようと創設)とその業績が称えられ、今日にその名を残す。
1967年1月に西日本工業大学の初代学長に就任するが、わずか半年後の6月に病没する。76歳没。