国務会議 (イングランド)

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国務会議(こくむかいぎ、: English Council of State)とは、かつて清教徒革命イングランド内戦)期のイングランド共和国に存在した政治機関である。行政の仕事をこなす役割を与えられたが、組織の立ち位置は時期によって異なり、後に名称も変えられている。

イングランド共和国成立直後の1649年2月14日、ランプ議会の付属機関として設立された。構想自体は1649年以前からあったらしく、1647年ヘンリー・アイアトンジョン・ランバートが起草した『建議要目』に王政を制限する機関として名前が挙がっている[1][2]

メンバーは41人で議会から31人、ニューモデル軍から10人選出されたグループで構成され、任期は1年で、議会から行政の多くを委ねられ処理した。議長はニューモデル軍副司令官(後に司令官)オリバー・クロムウェルが選出、1651年1652年にも連続当選している。トマス・ハリソンチャールズ・フリートウッドなど軍幹部、それもクロムウェルの側近が取り立てられたが、ジェントリと議員経験者も国務会議に選出され、無能な人間が多いランプ議会と違い有能で改革意欲に溢れた人材が揃い、仕事ぶりと清廉な態度を当時の外国人から讃えられている。また、委員ではないがクロムウェルの秘書ジョン・サーロー英語版が情報収集と外交アドバイザーを担当、彼のスタッフも同様の役割を担うことで国務会議は内政だけでなく外交も担当することになった[1][3]

しかし国務会議が行ったことは1649年3月に逮捕した平等派の指導者ジョン・リルバーンらの審問、1652年5月から始まった第一次英蘭戦争の審議とフランスユグノープロテスタント)支援ぐらいで、肝心の議会が自己保身しか考えていないため軍の怒りを買い、1653年4月20日にクロムウェルとハリソンが行ったクーデターで議会は解散、国務会議も消滅した[4]

第2期(1653年 - 1660年)

脚注

参考文献

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